15分チャレンジ | ナノ


▼ 少女ハ雨ニモマケズ

 闇の雨が降るようになってから、どのくらいの月日が経ったのか、僕は知らない。少なくとも僕のじいさんのじいさんが生まれる前までは降っていなかったそうだ。何故降るようになったのかも知らない。ある日突然降り始めたようだった。
闇の雨は、降った後に何も残さない。ただただ、ぽっかりと穴が開いたかのように、暗黒が降った地域に残るそうだ。実際見たことはないから、外側からどう見えるかなんてわからない。
ただ、きっとそれは今起こっているんだろうな、と思う。黒い雨粒が降り始めた二日前、村の外からは誰も入ってこなくなったし、外に出た人は雨に当たると溶けて消えてしまった。恐らく、死んだのだろう。着ていた服や遺体、骨すら残っていない。消えていく人たちは、痛くなかったのだろうか。何が起きたかわからないというような顔で、消えて行った。家の扉の目の前で消えていった父さんが、そんな顔をしていた。
僕は雨が降り始めてからずっと家の中にいる。外に出ていこうにも、闇の雨が降っている限り出ることはできない。そもそも、この雨は止むことがあるのだろうか。そう考えざるを得ないほど、雨は止む気配がなく、むしろどんどん強くなっていっている。
川が近くにないのが不幸中の幸いだった。家からでなければ、きっと大丈夫だろう。外にいる家畜は、みんな消えてしまった。お向かいさんの家の猫も、家に戻る一歩手前で消えた。窓から見えるお向かいさんは、時折不安気に外を眺めている。僕以外にも生きている人間がいるという事実が見えるだけで、この暗黒を乗り切れる気がしていた。
 傘をさして出ようと考えたことはあったけど、この勢いは傘では抑えきれないだろう。そもそも地面からの跳ね返った雨に当たるとどうなるのかもわからない。それでも消えてしまうのだろうか。食料は今日で無くなるだろう。そうなる前に村のみんなで管理している備蓄庫へ行きたい。でも雨が降っている。どうしようもない。僕ではどうしようもなかった。
そんな時だった。お向かいさんが何かを叫んでいるのが聞こえた。

「あんた!危ないよ!うちへ入んな!」

 お向かいさんの奥さんが心配そうに叫ぶ。その視線の先には、傘をさした女の子。この村では見たことのない、綺麗な服を着ていて、見たこともない輝く石を飾った傘をさしていた。

「大丈夫です、今お助けしますね」

 女の子はお向かいさんに向かって微笑むと、傘をそのままくるくると回す。雨が傘に跳ね返り、その水しぶきは黒い雫から光り輝く雫へと変わり、この村へと跳ねていく。
 するとどうだろう。暗黒はたちまちに消え、二日ぶりの太陽が顔を出したではないか。あんなに続いていて、消える気配のなかった雨が、あの暗かった雨雲が消えていく。
 一体、彼女は何をしたんだ?何が起きたんだろう?不思議そうな顔で窓から見つめる僕を、彼女はにっこりと太陽にも負けないくらい眩しい笑顔で返すだけだった。




[ back to top ]