5.5

思えば俺がアイツを好きになる確率は30%にも満たなかったはずだった。
それでも俺がアイツを好きになってしまったのは、やはり色恋ばかりはデータで割り出せるものではないということか。

まず俺の興味を惹いたのは、苗字の持つ何処か他とは違った空気感。
苗字はたまに何処を見ているのかわからないような視線で空の彼方を見つめている事があった。
どこまでも遠く遥か高みを目指すようなそれは、テニス部に入ったばかりの頃の赤也のそれともよく似ていたように思う。

そして何者にも、どんな事にも屈さない強靭な精神。
どんなに陰口をたたかれようと、自分のロッカーや下駄箱に細工を施されようと、アイツは真っ直ぐな目で犯人に正々堂々と向かっていった。
俺は幾分もしないうちに、あの目が好きになった。

……初めてだった。あんな女子を見たのも。こんな想いを抱いたのも。
もっと知りたい。もっと話たい。そんな感情がどんどん募っていった。

話す度に拒絶の言葉を吐き捨てられるのもある種新鮮な体験というもので、さらに俺の興味を煽った。(いっておくがそういった性癖という訳ではない)
好きな物は?嫌いな物は?そんな単純なデータは簡単に集める事が出来た。しかし、本当の苗字はどんな人間なのか。そればかりは自分で接していかなければ分からない。
だから俺は、また更に苗字に近づいた。

思えばきっかけは最悪だった。
女子を泣かせ、その場面を目撃された。
元はと言えば苗字に恋人宣言をした理由は俺の評判のためだった。
ふった女がいくら俺の悪口を言おうがそれはただのふられた腹いせだという理由でかたがつく。しかし関係のない苗字に公言されれば万が一…という事があった。
だから監視、そして周囲から孤立させる目的も少しばかりあった。

……しかし、今となってはそれは只の建前になっている。
アイツとの関係を切りたくない。話すきっかけを壊したくない。そんな想いから、俺はその建前にすがっているのだ。

俺の気持ちを変化させた一番の転機は、苗字がある一年の女子生徒を助けていた場面を目撃した時だったと思う。
集団に囲まれ蛇口に繋いだホースから水をかけられている少女。そんな光景を三階の廊下から発見した俺は声をかけようと窓を開けた。
そこに登場したのが苗字だった。
蛇口をひねり水を止めた苗字は『この糞共がぁ!!』と叫ぶと、その場にいた全員に張り手を食らわせ事態を収拾させた。

後に調べた話だが、その一年生は虐めを受けていたようだ。相手は主にその虐めを受けていた生徒と同じクラスの"人気者"に分類される生徒達。
残念な事に、その中にはテニス部の奴もいた。
その事を本人に問い詰めたところ事実を認め、彼は自主退部していった。
その後も苗字はその女子生徒を何かと気にかけ世話をやいているようだった。

……そう、世話やきなのだろう。
アイツは常に自分の事は二の次で、他人の世話をやいてばかりだった。
損な生き方だ。俺はそう思った。
適当に周りに合わせて、必要な時には親切な人のフリをする。そしてもし自分に害が及ぶようならそれとなく遠ざけていく。俺はそうしてきた。
……そうやって、楽に生きていけばいいのに。

そんな話を苗字にした時アイツは少し目を細めると『……それってすっごく、かわいそうだ』とこぼした。
何がだ?という俺の問いに、ただ苗字は『本当に大切なモノが作れない事』とだけ答えた。


………本当に、大切なモノ。
その言葉は俺の心にズシリときた。
今まで生きてきた中でこんなにも心に響く事はなかった。

俺の、本当に大切なモノとは……?

テニス。
大切なモノだ。俺の人生にあって当然のモノ。かけがえのないモノ。
……でも何か、アイツの言う大切なモノとは違う気がした。
心の底を明るく照らしてくれるような、暖めてくれるような、そんなモノ。
……それは俺が心のどこかでずっと求めていたモノのような気がする。

知りたい。俺の、俺だけの、"本当に大切なモノ"を。
そして苗字といれば、それが分かる日がくるような気がした。
手に入れられるような、そんな気が。

…そんな想いを抱き始めてしまった時に、俺の心は既に苗字に奪われていたのかもしれない。
俺の知らなかったモノを、知らない世界を教えてくれるかもしれないアイツに。

だからどうか、どうか離れないでくれ。
俺に教えてくれ。それが一体どんなものなのか。どれ程かけがえのないモノなのか。
……どれ程愛しいモノなのか。

お前は俺に光をくれる。
しかしお前がいなければ、この光は消えてしまう。
だからお前が暗闇にいるというのなら、まず俺がお前を光の中に連れ戻そう。



この光、一度見つけたからにはもう、見失う訳にはいかない。







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