05

柳side

あの屋上での出来事から一週間が経った。
苗字は一週間休みを取っていたようで何度教室を訪れても顔を見る事はなかった。
そして今日、久しぶりに苗字の姿を見ることができた。
……しかし俺が目にしたのは、あの日とは打って変わって弱々しくなった苗字の姿だった。
あいつは今までどんなに陰湿な嫌がらせを受けようと立ち向かい反撃していた。だからこそ俺は特にあいつのために何か行動を起こそうとは思わなかった。
しかし今朝ふと廊下の窓から中庭を見下ろすと、苗字は数名の女子に囲まれうつ向いていた。

一体この一週間で、あいつに何があったのか。

「気になるの?あの子の事」

視線を見上げていた空からいつのまにか隣に立っていた精市へと移す。

「珍しいじゃないか、蓮二が1人で屋上に来るなんて」
「そうか?」
「それで、気になるのかい?」
「まさか。……ただ、からかう相手がいないから少しつまらないだけだ」
「…クスッ。ふーん」

小首をかしげて柔らかく笑う精市。彼を好きな女子が見たら卒倒物だろう。
意味ありげなその笑みに若干の不信感を感じ、何を企んでいるのか問いかけた。

「……何を考えている?」
「ねぇ蓮二。星乃さんに聞いてみようよ。苗字さんに何があったのか」
「………」

星乃美輝。才色兼備で来るもの拒まず去るもの追わず、今までに付き合った男の数知れずの恋愛マスター。
苗字と同じクラスで親友…だったか。

「…だがそう簡単にはいくまい」
「フフ、まあ物は試しってやつさ」






「星乃さん、ちょっといいかな?」

苗字の教室へ向かい本人がいない事を確認した後、机で本を読んでいる星乃の下へ向かった。
精市が声をかけると、彼女はちらりと俺達に目をやりすぐに本へ視線をもどした。

「何か用?まあ大体の予想はついてるけれど。……名前の事、聞きにきたんでしょう」
「ああ、その通りだ」

星乃はずばりと図星をつくとフーッ……とため息をついて本を閉じ、俺達を見て口を開いた。

「悪いけど、私からは教えられない」
「……何故?」
「これは名前の問題よ。他人が首を突っ込んでいい訳ないでしょう。……ましてや、あなた達のような人間なら尚更ね」
「……」
「どうしても知りたいのなら名前に直接聞く事ね」






放課後。
俺はあの後星乃に、放課後苗字に屋上に来るよう伝えてくれ、と頼んだ。
空は朝とはうってかわって曇天だ。
グラウンドでは各部活動の部員達が声を上げながら汗を流している。

「あたしに近づかないでって言ったはずでしょ」
「!!」

突然背後から聞こえた声。驚いて後ろを振り向けばそこには眉間に皺を寄せこちらを睨む苗字が立っていた。

「…来てくれたか」
「話ってなに?」
「…どうしても知りたい。何がお前をそこまで変えたのか」

真っ直ぐ苗字を見つめながら言うと、彼女はふーっと長く息を吐き数歩歩いてフェンスに手をかけ、遠くを見つめながら話出した。

「……あたしの恋人が、死んだの」
「!……恋、人が?」
「まだ16歳だった……小さい時からいつも一緒でどんな時でも私の味方でいてくれた。……なんで?どうして鏡介が死ななきゃなんなかったの?どうしてっ…」
「……」
「……どんなに頭の中で繰り返したって、答えなんか出て来なかった………っ」

ガシャッと軋むフェンスの音が鳴り、一時の沈黙がその場を支配した。
本当に存在した恋人という存在。
驚き、罪悪感、そして亡き人間へ少しの嫉妬を抱く。
しばらく呆然としていると、やがて苗字は屋上の出口へと向かい始めた。

「…私はもう、人を愛する事なんかできないかもしれないね」
「…苗字」
「じゃあ、さよなら」

待ってくれ。行かないでくれ。そう言いたいのに言葉が出てこない。まるで喉が潰れたかのように。
俺はただ、遠ざかる彼女の背中を見つめる事しか出来なかった。
やがて見つめていたその背中が扉の向こうに消え、何故か頬を伝う涙に触れた。何故泣いているのかも分からないまま、声を押し殺しながら泣いた。泣き続けた。膝をついて、涙を流し続けた。

「くっ……ふ……ぅ…」

自分の気持ちに押さえつけていた蓋がどんどん開いていく。
どうして嫉妬なんてする?
どうしてあの背中を掴み止めたいなどと思う?
どうして……あの涙を、止めてやりたいなどと思う……?

そうか……俺は、苗字の事をこんなにも好きになっていたのか。こんなにも、涙が溢れる程に好きになってしまっていたのか。
……そして、彼女を傷付けてしまった。

「この柳蓮二……一生の不覚、だな」

愛する者ができた。そして守りたいと思った。あの涙を、この手で止めてやりたいと思った。
もう誤魔化しはしない。自分の気持ちに気づいたからにはもう、逃げない。






変化しない心、変化する心
(誰か、助けて。私の時間を進めてよ…!)
(俺が助ける。もう、逃げない)



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