03
柳蓮二が公共の面前でとんでもない事を言ってのけてくれたあの日からと言うもの、周りの女子からの視線は徐々に刺々しくなってきていた。
しかし柳蓮二による嫌がらせは止まる事をしらず、わざわざ女子がたくさん居る場所で私に話かけたり終いにはほわんとした微笑みなんかを向けるのだ。
最近は奴の行動が更にエスカレートし始め、もう暇さえあれば私の休み時間を邪魔しに来るしその度にクラスの女子達に嫌な視線を向けられる。
おかげでファンの皆さんのお怒りは最高潮。
おまけに今までそれほど親しくはなかったものの普通に同級生としてお喋りをしていた子達までも、私を避けるようになってきていた。
そして何かが起こっても不思議じゃねぇ!と考えていたある日、ついに事件は起こってしまった。
それは私が学校にやってきてさあ今日も1日頑張ろう!と自分の下駄箱を開けた時。
「……わぉ。暇な奴もいたもんだ」
やはり柳蓮二の一件のせいか、私の下駄箱はドロドロになっておりイジメの王道パターン。ズタズタにされた上履きの中では少し大きめのカエルがゲコッと鳴いている。
もちろん今までも嫌がらせというのはあったが、机に落書きをされたり上履きに画ビョウを入れられたり、私にとっては特に痛くも痒くもないものだった。
しかし今回は上履きが使い物にならない程痛めつけられてしまっている。
……え、これ弁償してくれんの?
「……とりあえず、お前を飼い主に返してやんなきゃね」
「おはよー」
この私でもさすがに泥まみれになった上履きを履こうとは思わない。職員室へ行きスリッパを借りた。
そして可哀想なカエルちゃんを連れて自分の教室に到着。両手がふさがっているため苦労しながら扉を開けた。
「あれー苗字さん、上履きどうしたのー?クスクス」
「……」
私の足元を見てクスクス笑ってる女子が数名。
どの子もこのクラスのリーダー的立ち居ちの子達だ。
大体どの学校でもいるよね人気者キャラ的な子。
周りの奴らは好奇の目でこちらを見ている。正直ウザイ。
「ふーん君達かアレ。てか明らかに君達だよね」
「あんたが調子にのるからよ」
「そうそう、これに懲りたらもう柳君に近付かないこと」
彼女達のリーダー的な子を筆頭に柳に近付くなとかなんとか言い出すが、私だって近付きたくて近付いている訳ではない。むしろ近付いてくるのはあっちだ。
「あ、そうだ。はい、この子返すね」
ふと思い出し、今まで両手で覆っていた彼(彼女?)を、優雅に席に座っている女子の机に乗せる。再びゲコッと一つ鳴いた。
「い…いやぁぁぁ!な、なに連れてきてんのアンタ!?」
「信じらんない!!」
座っていた子はガタッと立ち上がり、他の子達も机から遠ざかっていく。
「(あれでどうやって捕まえてきたんだろう?)」
周りで見ていた男子達は『苗字マジウケるー!!』だの『苗字超ツエー!!』だの言っているが、小さい頃沖縄のド田舎に暮らし虫達と戯れていた私からすればここの奴らは温室育ちすぎる。軟弱な!
「全く、よくやるわよホント」
「見てたんならなんか助けろよ!」
「嫌よ面倒くさい。あ、手洗うまで私に触らないでよね」
自分の席に座りクルリと後ろを向くと、いつもの如く見目麗しい星乃美輝ちゃまがおられた。
私だけに対する毒舌は相変わらずで、なんか知らんが今日は触るなとまで言われる始末。
仕方がないので水道に手を洗いに行き教室に戻ると、朝のHRが始まっていた。
「こら苗字ー」
「すんませーん」
適当に先生をいなし自分の席につく。
すると、1枚のプリントが机にあった。
その後の先生の話とプリントの内容によれば、なんでもいくつかの運動部がマネージャーを募集するとの事だった。
………無論、"いくつかの運動部"にはテニス部も含まれていた。
昼休み。
いつも昼食は美輝と一緒に体育館で食べているのだが、今日は男子に呼ばれているらしい。たぶんどこからか美輝がフリーになったという噂を聞き付けた輩がお付き合いを申し込もうとしているのだろう。これでまた美輝にコイビトができる訳だ。
まあそんなこんなで友達の少ない私は仕方なく一人でご飯にすることにした。
「さーてと……」
「苗字名前はいるか」
鞄を開けお弁当を取り出したその時、もう聞き慣れてしまったいつもの台詞が耳に届いた。
「…空耳…」
「ではない」
「……」
あの日からというものこの男は昼休みに現れては私と美輝の楽しいランチタイムに乱入してくるのだ。
そしてその度に私のお弁当の内容に栄養バランスがどうのカロリー摂取量がどうのとケチをつけたり、情報収集と称して美輝から私についていじれそうなネタを聞き出したりしている。
「行くぞ名前」
「はっ?」
ガシリと腕を捕まれ引っ張られる。拍子に持っていたお弁当箱を落としかけたがなんとかキャッチした。
……なんなんだこの失礼な男は。
とりあえず周りからの視線が痛い。
「ちょ……ちょっと待って柳蓮二!はっ?何、どこに行くって…」
「今日は星乃は呼び出しに応じているとの情報が入ってな。ああ、それと俺の事は蓮二でいいぞ。これを言うのは5回目だが…」
「いや呼ばないし、ってかどこにいく訳!?」
私の極限の抵抗虚しくどんどん進む柳と引っ張られる私。
この道筋からすると行き先は屋上だ。
ああ、鏡介に会いたい。
「おっ柳!おせーぞ………って、」
「………そいつ、誰っスか?」
まごうことなき女子である私が男子の力に敵うはずもなく、連れられるがままに屋上まで連行された。
そこには柳の友人と思われる数名の男子生徒達がいた。
「………」
「………」
「………」
ひしひしと刺さる視線に苛立ちが募り、相変わらず捕まれている腕を振り払う。
「なんなのアンタ、テニス部のファン?」
うねうねクルクルした髪の少年が私を睨みつける。
なんなのってお前がなんなんだ。
いたたまれない空気の中、始めに口を開いたのは隣に立つ柳蓮二だった。
「そう睨むな赤也。皆に紹介しよう。俺の恋人の苗字名前だ」
「…………は?え?」
「恋……」
「人……?」
目を見開く男子生徒達。いや驚きたいのはこっちなんだけど。こいつ………っ!
「…………フンッ!」
「うっ」
思わず繰り出してしまった肘鉄は見事柳蓮二の腹に決まった。
うずくまる柳に若干の罪悪感を感じながらも、感情の大多数をしめたのはザマーミロという気持ちと爽快感だった。
「うわあああ柳先輩!」
「ほう…なかなかに見事な肘鉄だ」
「いやいや、それどころじゃないじゃろ真田」
柳に駆け寄るモジャモジャ君とスキンヘッド君と眼鏡君。
それを見ている藍色の髪の毛の少年(少女?)。
こちらを見てはいるものの手と口は弁当のためにせわしなく動いている赤髪君。…確か丸…丸井くん、だ!友達がかっこいいかっこいいと騒いでいた記憶がある。
そして一年の時にクラスが同じだった真田君に2年のときクラスが同じだった仁王君。ん?仁王君であってるっけ?
まあとりあえず……
「私と柳蓮二は恋人でもましてや友人でもありませんので。では失礼」
「待って」
こんないかにも人気者ですって奴らと一緒になんか居たくない。
そう思い屋上から去ろうとした時だった。
男子にしては少し高めの声に呼び止められたのだ。
「苗字さん……だっけ、お昼一緒にどうだい?」
「結構」
「つれないなぁいいじゃないか。…それとも、蓮二に肘鉄入れたなんて話を周りに言いふらされたい?」
「……」
顔は笑顔だが本当の感情は全く読めない。こういうタイプの人間は苦手。そして嫌い。
まあ確かに同級生に暴力を振るったなんてシャレにならないだろう。外部受験を考えている私としては内申に響く事は避けたい。
あ、会話をしなければいいのか。
そう閃いた私は集団と離れた位置で座り弁当を広げた。
「なんであんな女引き止めるんスか部長!あいつ柳先輩に暴力ふるったんスよ!?」
「赤也よすんだ」
「う…だって柳先輩〜」
「いつまでもグダグダ言っているな赤也!」
「いでっ!」
少し離れた場所から聞こえた野太い声とゴツンという音、そして短い悲鳴。
驚いてチラリと盗み見て見れば、モジャモジャ君が頭を押さえていた。
…殴られたのだろうか。
御愁傷様と目を細めると、涙目になったモジャモジャ君とふと目が合った。
………な に あ れ 可 愛 い。
「……何見てんだよ」
「ねえ」
「な、何だよ」
「お持ち帰りしてもいい?」
「ひっ!?」
なんとなく自分が虚ろな目になっているような気がしなくもなかったが、構わずガン見する。
だって可愛いんだもん。
「ゆ、幸村部長!なんかあの人怖いんスけどっ!!」
「ハハハ、いいじゃないか。持ち帰ってもらえば?」
「ええっ!?」
ああ、あれが噂の神の子幸村精市か。
そしてあのモジャモジャが二年生エースの切原赤也。
彼らがお互いを呼び合う事で大体の人間の名前と顔が一致してきた。
と言うことは恐らくこいつらがあの有名なテニス部レギュラーという訳だ。
「お前さん、確か苗字じゃったな」
「ん?」
彼らを見ることをやめ(いや見ていたのは主に切原君だけだが)、再び視線を自分の弁当へと戻した時、ふと隣にしゃがみこむ影が落ちた。
「そうだけど」
「俺んこと覚えちょるか?」
「うん、確か去年同じクラスだったし」
「確か、か………お前さん面白い奴じゃのぅ」
「何がだよ」
突然クックックッと笑い出す仁王君。
意味わかんないし、何が面白いんだ。変な奴。
「実は俺な、去年からずっとお前さんに片思いしとった」
「えええ!?仁王先輩マジっスか!」
「へー」
仁王君の見え見えの嘘に先に反応したのは切原君だった。
こんなん信じちゃうなんて純粋だなぁ。
「……フッ、やっぱ面白い」
「だから何がだし」
会話をしないつもりが気づけば会話をしている。これがテニス部レギュラーマジックか…!!
「ところで苗字さん」
「……何?」
話かけてきた幸村君の方へ顔を向けずに答える。
だって本当なら私がここでお昼食べてるってところからあり得ないじゃん?わざわざ嫌いな人種の奴らと仲良くお話しながら食事を楽しんでやる義理もないでしょ。
眉間に皺を寄せて答える私に向けて幸村君が口を開いた。
…彼から返ってきた言葉は、予想もつかないものだった。
「苗字さん、テニス部のマネージャーやってくれない?」
思えば始まりはこの時
(何言ってんのコイツ)
(精市め……どういうつもりだ?)