06

幸村side


蓮二が苗字さんと屋上で話をしたあの日から数日が経った。

『"さよなら"…と言われたよ』

あの日の放課後、屋上で彼女が去り際に蓮二へと残した言葉。

『さよなら』

廊下から、自分の席に座っている蓮二を見る。蓮二は相変わらず開いた本を読む事なく、ただ視線は本に落としたまま何かを思案していた。
気づいた己の気持ち。そしてそれを受け入れると決めた蓮二。
……しかし頭で整理をつけても、現実はそう上手くはいかないようだ。
苗字さんを見かけ声をかけようとするも、その一瞬で体が動かなくなる…そんな蓮二を何度も見てきた。何度も何度も。
怖いのだ、彼女に拒絶される事が。

「さっきからずっとページ捲ってないよ蓮二」
「……精市か」

見ていられなくて彼の正面に立ち声をかける。いつもと全く雰囲気の違う蓮二を見て、思わず眉を八の字にして苦笑してしまう。

「なんだ?」
「いや?蓮二もついに恋患いかーと思って」
「……」

訝しげな顔で尋ねてくる蓮二に、少しばかりふざけて返答。
ニヤニヤと笑みを浮かべると、閉じた本で軽く小突かれた。

「あいた。もー何すんだよ」
「調子にのるからだ」

お茶目っ子のようにテヘッと笑ってみると、再び小突かれた。

「でもさあ、本当のトコどうするつもり?」
「何がだ」
「とぼけないで。苗字さんの事だよ」
「……ああ」
「……はぁ、全く」

正直なところ今の蓮二はかなりの"重症"。その一言につきた。
一見いつもと同じようだが、親しい間柄の人間が見ればすぐにこの異変に気付くはずだ。
……そして、恐らく彼自身も気付いているのだろう。
このままでは何も変化はないままなのだ、と。





「という訳なんだが、何か対策法はないかな?」
「それを、どうして私に聞く訳?」

図書室で本を読む星乃さんの向かいに腰掛け声をかけた。かえって来る声はいつも通り冷めている。
実は彼女とは幼稚園が一緒で、その間はずっと同じクラスで生活をしていた。
卒園が近づくと、星乃さんは卒園のタイミングで親の仕事の都合で海外へ行くという噂が広がり、本人に確認した所それは事実だと判明した。
そして卒園後、星乃さんと彼女の家族は予定通りどこか遠い国に旅立っていった。
そうして月日は流れこの立海大附属中学校の入学式で、俺達は6年ぶりの再開を果たした。
いや、再開とはいえないのかもしれない。彼女は俺を覚えていないかもしれないし、それを今さら確認する勇気も俺は持ち合わせてはいない。
彼女は当時から俺を含めた周りの同級生よりも大人びていた。他の子達が遊具やおもちゃで遊ぶ中、彼女は1人静かに本を読んだり先生と話をしていたりという事が多かったと思う。
そんな事もあり彼女は皆の中でお姉さん的な立ち位置にいたし、先生達からもクラスのリーダー役を任される事が多かった。
そして中学に上がり再び同じクラスになっても、それは変わっていなかった。
6年という月日は彼女を大人に近づけ、より魅力的な人物へと変貌させた。
成績優秀、容姿端麗。おまけに性格まで良い彼女がクラスで頼られるような存在になるのに時間はかからなかった。

そんな彼女が唯一その完璧とも言える"星乃美輝"を崩す相手がいる。
それが彼女、苗字名前さんだった。
蓮二の情報によれば星乃さんは小学5年に上がったタイミングで日本に戻り、苗字さんと同じ小学校へと転入したそうだ。そして5年・6年と同じクラスで生活している内に親友になった、と。

皆がある種の憧れを抱いていた星乃さんは俺達の前から姿を消し、再びその姿を現した時にはもう既に相棒がいた。
俺も昔は皆と同じく星乃さんを慕っていた。仲良くなろうと泥団子作りやヒーローごっこに誘った事も何度かあった。
しかし彼女は毎回ニコニコしながらやんわりと断り、小さな手で頑張って支えているぶ厚い本へ再び視線を落とすのである。

羨ましい、と思った。

あの星乃さんが本心を見せる相手に、なぜ自分が選ばれなかったのだろう。
答えは明確。単純に縁がなかったから。
偶然星乃さんが苗字さんのいる学校に転入し、偶然話すきっかけが出来、偶然二人の相性が良かった。偶然。全てたくさんの偶然が重なった結果だ。

……でも、その偶然が自分に起こらなかった事が、ほんのちょっと悔しかった。

などと色々と並べてはいるが、俺は別に星乃さんに恋心を抱いている訳ではない。
なんといえばいいのか複雑な気持ちだ。
自分が見つけた面白いものを他人に横取りされたような、そんな気分。

「あのさ幸村君、厳しい事を言うようだけど、そういうのって本人達に任せるべきじゃないかしら。他人がでしゃばって余計ややこしくしたら元も子もない。でしょう?」

彼女はゆっくり諭すように俺に語りかけると、またいつものように読書に集中し始めた。

「…うん…そうなんだろうけど」

そうなんだろうけど、やっぱり、友人として心配は拭いきれないのだ。

「…ありがとう星乃さん。邪魔してごめんね」
「ああ、幸村君」

そろそろ読書の邪魔をするのが申し訳なくなってきたので礼を言い立ち去ろうとすると、星乃さんに呼びとめられた。

「何?」
「……名前はね、悪い子じゃないの。それだけは知っておいてほしい」

そう言うと星乃さんは席を立ち図書室を後にした。
星乃さんがピシャリとドアを閉めるのを見届けた直後、授業開始5分前のチャイムが鳴り始めた。





放課後。
いつものように部活に励む男子テニス部の一部では、この頃ある話題で持ち切りだ。
参謀柳蓮二の様子がおかしい、と。
もちろん柳蓮二という男は己の感情的な面を部活でさらけ出してしまうような人間ではない。変化はごく僅かだ。
だが彼を尊敬しよく見ている後輩や、長い間一緒にテニスをしてきた3年メンバーには、その変化を認知する事はそう難しくなかった。

「蓮二、最近動きが悪いな」
「…すまん、弦一郎」
「体調でも悪いのか?」
「いや、問題ない。もう一度頼む」

コートでラリーをしていた真田と蓮二の声が聞こえた。
ついにあの鈍感の塊と言える真田にまで指摘をされ、蓮二は一瞬顔をしかめた。

「クスッ」

蓮二の、あまり見る事の出来ない種類のしかめっ面に思わず笑みがこぼれた。
彼にこんな表情をさせる彼女の顔が一瞬頭に浮かんだ。
今まで恋愛になどとんと無頓着だったあの蓮二がこうまで執着する人間ができた。
長い付き合いの友人からすれば嬉しいような寂しいような、という感じだ。

「(でも蓮二)」

悩め。
悩んで悩んで、最後には自分にとって最高の選択をしろ。
今という時間は今しかないものだ。
その今を最高に生きてほしい。
たくさんの幸せや悲しさを知ってほしい。
それがきっと、君という人間をより味わい深くするだろう。君の人生をより豊かなものにするだろう。
人生とは旅だ。始まり、やがて終わる。旅にはたくさんの苦難や壁が立ちはだかるだろう。
でもそれと同じくらい、楽しい事や嬉しい事もある。
良い事も悪い事も、全てをひっくるめて一つの旅だ。

「(だから、蓮二)」





人生を最高に旅せよ
(その終わりに、いい旅だったと思えるように)



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