足下から這い上がってきた冷気で目が覚めた。暖炉にはすっかり燃え尽きて溜まった灰。隣にはやはり寒さに身を縮めながらも眠り続ける政宗くん。
どうやら昨日はそのままふたりで眠ってしまったようだ。
半分ずつ分けていた毛布から抜け出して、政宗くんにちゃんとかけ直してあげる。寒かったのだろう、その眉間にはゆるく皺が寄ってしまっていた。
空になった小さなパフェグラスをふたつともキッチンへと持っていく。丹念に洗って窓際の水切り棚に落ち着けてから、ガラス越しに外を覗いてみた。昨日に引き続き今日も晴天。澄んだ空の青が目に痛いくらいだ。
時計を確認すれば、かろうじてまだ朝と呼ぶことのできる時間。けれど今日やりたいことを考えるならば朝食と昼食はいっしょにとってしまったほうが効率的だろう。
「……ゆきめ?」
さて、なにを食べよう。そう戸棚を物色していると、掠れた声に小さく呼ばれた。できる限り静かにしていたつもりだったけれど、起こしてしまったらしい。
「おはよう、政宗くん」
「Good morning」
もう形式化してきた挨拶を交わせば、起きがけのぼうっとした頭がようやく動きだす。顔を洗っておいでと政宗くんには促して、開け放していた戸棚からフランスパンを取り出した。ブランチはこれと、グラタンを作ろうか。
「昨日、あのまま寝ちまったのか」
「そうだよ」
「……そうか」
ぼんやりと、しかしなにやら深刻そうに政宗くんは呟いて、そのまま口を閉ざしてしまった。
オーブンでふたり分のポテトグラタンをじっくりと焼いているあいだに、洗濯機をまわす。シーツや枕カバーもすべて放りこんで、今日は天気もいいから布団も干すことにした。
でも、その前にひとつ。
「政宗くん、私の羽毛布団と毛布、広げておいてくれるかな」
「Ah...? 別にいいが、なんのためにだ」
「掃除機をかけるから」
「そうじき?」
「うん」
怪訝そうに眉をひそめながらも政宗くんは私のベッドがある屋根裏部屋へと上がっていく。そのあいだに私は階段下の小さな物置から掃除機を取り出した。
雨や雪でしばらく干せなかったから毛布にも布団にも埃やハウスダストがきっとたくさん潜んでいるはず。本当は直洗いができれば一番いいけれど、この季節は乾きが遅いため難しい。
自分の布団の前に、まずは政宗くんのから。ソファの傍に丁寧に畳んであった、朝まではふたりでくるまっていた毛布と、お客様用の羽毛布団を広げて掃除機をかけていった。騒音と呼ぶに相応しい音が部屋に響く。ノズルをうまく布団の上に滑らせて丹念に吸っていると、だだだ、と階段を駆け降りてくる音がたしかに耳に入った。
「ゆきめ!」
政宗くんの呼ぶ声に掃除機のスイッチを切る。なにかあったのだろうか、なんだか焦っているみたいだ。
「どうしたの、政宗くん」
「なんだ、いまの音」
「ん、掃除機」
「だからなんなんだよ、それ」
「ゴミを吸うんだよ、」
こうやって。そう掃除機のスイッチをふたたびオンにして、ノズルを立っている政宗くんの足へと向けた。
「うおっ、」
「便利でしょう」
吸い付くそれから逃げようと足を引く政宗くんを追いかける。やめろ、と珍しく大きな声で慌てるその様子がおかしくて、つい太ももやら背中にまで吸い込み口を伸ばしてしまうのだ。掃除機は容赦なく政宗くんの服を吸い込もうとそのなかに巻き込む。
「この、莫迦が」
呆れたようにそう吐くと政宗くんはノズルを掴んで、ぐい、とそのまま自分のほうに引いた。
「遊んでんなよ」
「わ、わっ、」
もちろん私の身体もそのまま引っ張られて傾く。急なことにバランスを保つこともできなければ重力に逆らうこともできず、そのまま政宗くんのほうへと倒れこんだ。
政宗くんはよろけることもなく容易にそれを受け止めて、うるせえし、とひと言、掃除機のスイッチを切った。唸るような轟音が一瞬にして静寂に代わる。
「あの、政宗くん」
「なんだ」
「……は、離して」
「I refuse」
嫌だ、とすぐ耳元で聴こえた呟き。次いで、ほとんどぎゅっと抱きしめるようなかたちでその腕は私をしめつける。いきなりどうしたのだろうかと疑問には思えど、決して不快ではなかった。
しばらくのあいだずっと、ただただそうしていて、ふとなんの前触れもなく政宗くんのほうから離れていった。ぬくもりに代わってすっと吹き込む冷気に私はひとつ身震いをする。政宗くんは何ごともなかったかのように、掃除機かけんだよな、と云ってノズルを私に返した。
気まぐれなひとなのだ。そう自分のなかで結論づけて私もうなずく。
政宗くんの布団が終わったら今度は屋根裏部屋の私の布団だ。古い形の掃除機はやけに重くて、政宗くんに手伝ってもらいながら部屋までの階段を上がった。
「にしても、面倒なことするんだな」
「政宗くんだって埃や小さな虫がたくさん潜む布団なんて使いたくないでしょう」
「……まあな」
政宗くんといっしょにひと通り掃除機をかけ終えたら、それらをふたりがかりでベランダまで運ぶ。同じように、すっかり仕事を終えた洗濯機の中身も。
羽毛布団と毛布を柵に並べて干して、大きな布団バサミで留めて、綺麗に洗った枕カバーやベッドシーツも服といっしょに洗濯バサミで空に留めていく。
冬は太陽が低くにいるから、明るい陽光は部屋のなかまで長くあたたかに射し込んでいた。
「そろそろ、グラタンが焼ける頃かな」
青い空を背景にまっ白に靡くシーツのしわをピンと伸ばしながら、そういえばと思い出す。もうとっくのとうにオーブンは焼き上がりの音をたてているはずだ。
「グラタン?」
「お腹、空いてる?」
「ああ、branchか」
最近、飯を食うのが楽しみだ。そう云って、政宗くんにしては穏やかな笑みをゆるりと零す。私も嬉しくなって、つられて頬をほころばせた。
寒空に翳す
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