小屋の方へ戻ると、扉の前で政宗くんがうずくまっているのが見えた。私よりひと回りもふた回りも広いはずの背中がどうしてかひどく小さく見えて、私は急に不安になる。
「政宗くん? どうしたの、具合でも悪いの?」
声をかけると、政宗くんはゆっくりと私を振り返った。怯えが滲む瞳。その手のなかには、小鳥が一羽。
「それ、」
「...I rather」
「……わかってるよ」
俺じゃない、だなんて、そんなこと云わなくてもわかっているのに。ぽつりと呟いた政宗くんの髪を、ほとんど無意識に撫でていた。震える仔猫にそうするように、くしゃくしゃと。
「きっと、窓にでもぶつかったんだ」
「……」
「もう暗くなってきているし、見えなかったんだろうね」
大きな手のひらに横たわる小鳥は、とてもきれいなままだった。雪に濡れた羽根も、汚れている様子はない。ただその小さな瞼だけを閉じている。
「埋めてあげようか、いっしょに」
「……そうだな」
掠れた声が答える。小鳥を手のひらで大事そうに包んだ政宗くんは、緩慢な動作で立ち上がった。俯いた顔は、黒い髪に隠れていて窺えない。
私は木の実を入れたかごを置いてから、スコップを取りに小屋の裏側へと回った。
場所はどこがいいだろう、と考えたすえ、畑のさらに奥、平地の一画に決めた。いまは雪に埋まっているそこも、春になれば様々な野花を一面に咲かせるのだ。
「オレが掘る」
政宗くんはそう云って、小鳥を丁寧に私の手のひらへと預けた。代わりにスコップをその手に握ると、その場にしゃがみこんで、さくさくと白い地面を掘っていく。
凍りついた地面は、思うようには削れない。黒く濡れた土が僅かに見えてきた頃だった。隣でじっとその作業を眺めていた私を、政宗くんが小さく呼んだ。
「ゆきめ、」
「なに?」
目線は政宗くんの手もとに落としたまま、声だけで答える。
「……オレはどこかで、いまが夢なんじゃねえかって、思ってた」
「うん」
「何もかもの時間が止まっていて、誰も死なないし、だから、誰も生きていない」
だが、と低い声は静かにつづけた。
「作物は育つし、寒さは感じる」
「そうだね」
「今度は、生き物が死んだ。死の冷たさまで、わかるんだ」
スコップを動かしていた手が止まる。顔を上げてみても、相変わらず、政宗くんの表情はよく見ることができない。
すこし考えて、私は小鳥を乗せていないほうの手を、できるだけやさしく、その手に重ねた。
「でも、生きているあたたかさも、感じるでしょう」
ようやく、政宗くんの目が私を映す。痛みを必死にこらえているような、傷ついた、美しい瞳に。
「政宗くんはここに生きているし、この小鳥も、ちゃんと生きていたよ」
視線を小鳥に向けて、重ねていた手をそっと離す。政宗くんは、そうだよな、と零すと、ふたたびスコップで土を掘り始めた。
「なに、考えてんだか」
「無理もないよ」
本当はずっと、不安だったのだろうと思う。当たり前だ。見ず知らずの土地にひとり落とされて、初めて逢った女と暮らすことを強いられて。ストレスにならないほうが、おかしかったのだ。
「けど、な」
「うん」
「あんまり穏やかで、こんなことを云うガラでもねえが、しあわせだ、とも思うぜ」
さく、とスコップが乾いた音を鳴らす。
「だから、よく出来すぎていて、現実味も感じられなかったんだ」
苦笑混じりの声が寒空に溶ける。私は、そっか、とだけ短く返した。きっと現実味を覚えてしまったいまのほうが、これまでよりもずっと不安だろう。
けれど政宗くんも私もたしかにここで生きていて、かけることばなんてそれ以外に見つからない。
「埋めるか」
政宗くんがスコップを置く。
「そうだね」
私は差し出された両の手のひらに、すっかり冷たくなってしまった小鳥を乗せた。
ゆっくりと、小さな亡骸が沈められていく。政宗くんはやさしく小鳥を底へ寝かせると、汚れるのも構わずに、手で土を被せていった。私もそれに伴って、両手で土を掬う。雪が混ざる土は冷たくて、手のひらはその感覚をすこしずつ失くしていった。
「Rest in peace」
小鳥がすっかり見えなくなると、政宗くんはたおやかな声で祈るようにささやいた。
埋めた土を馴らしたあと、太めの木の枝にきょうの日付を刻みつけると、政宗くんはそれを突き立てた。これで、小さなお墓は完成だ。
「帰ろうか」
立ち上がり、手を差し出す。それを見た隻眼が一瞬だけ丸くなったあと、くしゃりと歪められた。
「泥だらけじゃねえか」
「政宗くんだって」
情けなく眉を下げる政宗くんの手をとって、立ち上がらせる。私よりも泥にまみれた手は、それでも私より温かかった。
「なあ、ゆきめ」
「なに?」
「アンタ、前にオレのことが知りたい、って云ったよな」
「云ったね」
「それ、いまでもそう思ってんのか」
「思っているよ」
繋いだ手に、ぎゅっと力がこめられる。私を頭ひとつ分から見下ろす左目の、その奥に宿る痛みを知りたいと思う。試すようにじっと見つめてくる彼を、私もまた見つめ返した。
「戻ったら、酒が呑みたい」
視線を前に向けたかと思うと、政宗くんはそんなことを零す。彼の考えていることは、ときどき、本当によくわからない。
「お酒?」
「なんつったか、琥珀色の、」
「ウイスキー、ね」
「そう、それだ」
「いいよ」
私の答えに、隻眼がゆるりと瞬きをした。微かに灯った安堵の色を、そのトパーズに見え隠れさせて。
ふと、頬に冷たさを感じて空を仰ぐと、厚い灰色の雲が広がっていた。ぱらぱらと、弱々しい雨粒が斑に落ちてくる。陽は沈み、あとは夜を待つだけだった。
温め鳥の墓
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