夜通し降りつづいた雨も止み、しばらく雲隠れしていた青がその姿を現す。窓から覗くひさしぶりの晴天に思わず目を細めた。
「いい天気だよ、政宗くん」
「……ん、そうだな」
まだ眠そうな隻眼が窓の外へと向けられる。くあ、とあくびを漏らすと、うつろな瞳には涙が滲んだ。
「眠いのなら、もうすこし寝ていたらいいよ。私は、朝ごはんの野菜を採ってくるから」
「いや、オレも行く」
「無理しなくていいよ」
「このまま閉じこもっていたんじゃあ、身体が鈍っちまう」
ソファから立ち上がると、政宗くんはぐぐっと大きく伸びをした。それから最後にもうひとつあくびを零す。本当に猫みたいだ。
「それなら、午後は木の実でも集めに行こうか。これがけっこう、疲れるんだ」
「木の実? 食うのか」
「ジャムにしようと思って」
「jam...Ah-, breadに塗るやつか、」
「そう。手作りなんだ、あれ」
コートを着込み、つる編みのかごを持って外へ出る。刺すような冷たい空気に頬や指先が痛いくらいだ。空には斑模様の白い雲が澄んだ青に凍りついていた。
畑には雨に濡れた雪の残骸が、朝の冷気で氷となって固まっていた。それでも冬の野菜はしたたかに青々とした葉を広げている。
「政宗くん、キャベツ、採ってもらえるかな」
「cabbage?」
「それがいいかな」
使う分だけの冬トマトをかごをに入れながら、なかでもひと際、充分に葉の広がったキャベツを指差す。根本からしっかりね、と頼めば、政宗くんはにっと笑ってみせた。
「OK, 任せな」
大きな手を差し込み、抱えるようにしてキャベツを引っこ抜く。凍った土がパラパラと音を立てて落ちた。
「ありがとう。戻ろうか」
政宗くんにはキャベツを抱いてもらったまま、家へと足を向ける。水分の多く含んだ雪を踏みしめながら、彼が問う。
「なあ、これでなに作るんだ?」
「サンドウィッチ」
「砂と魔女……か?」
「そうだね。砂と魔女以外なら、なんでも挟んで食べられるよ」
「随分とcrazyな食いもんだな」
「正確にはダブリュー・アイ・シー・エイチでウィッチだから、魔女ではないけれどね」
顔をしかめた政宗くんに、笑って返す。サンドウィッチの綴りは『sandwitch』ではなく『sandwich』だ。
「でも、魔女なんて知っていたんだ」
「知ってるさ」
「だって、戦国時代にはいないでしょう」
「ゆきめの貸してくれた書のなかに何度も出てきたぜ。magicを使う術師なんだろう?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて、政宗くんは本で得た知識を思い返すようにして並べる。箒で飛ぶのだとか、黒猫がペットであるとか、鴉は召し使であるとか。
一体どの本を読んだのかはわからないけれど、どれもこれも童話のなかの魔女のイメージだ。政宗くんが真剣に童話を読んでいたのだと思うと、なんだか愛おしかった。
「いっしょに作ろうか、サンドウィッチ」
「かまわねえが、具体的に何なんだよ、sandwichとやらは」
「パンに野菜や肉を挟むだけだよ」
「なんだ、旨そうじゃねえか」
「美味しいから、安心して」
安堵の滲む声色がおかしくて、つい笑いが零れた。いったいどんな食べ物を想像していたのだろう。
「笑ってんなよ」
こつん、と政宗くんが私の頭を軽く小突く。行動とは裏腹に、その表情がひどくやさしくて不覚にもどきりとしてしまった。
採ってきたキャベツの葉を数枚むしり、よく洗って水気を切る。トマトも同じように洗ってからスライスにした。
「目が痛ぇ……」
ざくざくと玉葱を切っていた政宗くんがつぶやいた。ことば通り、目をまっ赤に潤ませている。
「だいじょうぶ?」
「なんだこれ、葱のくせに」
「泣かないでよ」
「くそ、泣いてねえよ」
戦国時代に玉葱はまだないらしい。長葱はあるのに、不思議なものだと思う。政宗くんは悪態をつきながらも玉葱を綺麗に薄くスライスしてくれる。
それから、ベーコンをこんがりと焼き目がつくように焼いた。あとはスクランブルエッグなんてあれば上出来だろう。
卵をボウルに割って、砂糖をひとつまみ入れてから菜箸でカシャカシャと切るように溶いていく。スクランブルエッグのときは白身がすこし残るくらいがちょうどいい。
「なに作ってんだ?」
玉葱との格闘を終えた政宗くんが私の手元を覗き込んできた。未だに治まらないのか、ずずっと鼻をすする。その瞳もまだ赤いままだ。
「やってみる?」
「じゃあ、やる」
「フライパンに卵流すから、すぐにかき混ぜてね」
うなずいた政宗くんに菜箸を譲る。熱したフライパンにバターをひと欠片落として、溶けたところで卵を流した。
「混ぜて、ぐちゃぐちゃにして」
「なるほど、たしかにscrambleだな」
ほどよく半熟になったところで火を止める。混ざり方もいい具合だ。これでサンドウィッチに挟む具材は完成した。あとはそれらをパンに挟んでいくだけである。
政宗くんの無骨な手はとてつもなく丁寧にパンに具材を乗せていった。マーガリンを塗った食パンにキャベツを敷いて、その上に玉葱やトマト、ベーコン、スクランブルエッグ。最後にもう一枚のパンで挟んで、食べやすいように半分に切ったらできあがり。
「changeだ、ゆきめ」
そう云って、政宗くんが自分のサンドウィッチの乗ったお皿を差し出した。たったいま作り終えたばかりのそれを。
「いいの?」
「オレはゆきめが作ったほうを食べたい」
なかに挟んだ具はいっしょだというのに。それを伝えれば、知ってる、と返ってきた。まったく、彼は私をよろこばせるのが上手だ。
「ありがとう」
受け取って、私のお皿と交換する。熱い珈琲を淹れてから、ふたり揃っていただきますと手を合わせた。
がぶり。具がこぼれないように両手で押さえながらかぶりつく。キャベツがシャクシャクと新鮮な音を立てた。
「旨いな」
「うん、美味しい」
政宗くんの作ってくれたサンドウィッチは、魔法みたいにしあわせな味がした。
凍て雲の魔法
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