佐助と逢うのは、本当にひさしぶりだった。すこし前までは毎日のように顔を合わせていたというのに、卒業を境に新生活に追われ、すっかりお互いの時間が重ならなくなってしまったのだ。
 それもすこしずつ落ち着いてき始めた頃、遊園地のペアチケットがあるんだけど、なんて佐助は切り出した。賑やかな場所を避けたがる佐助にしては珍しい誘いに、私は大いに喜んだ。日にちもどうにか合い、きょうに至る。
 いつもより丁寧な化粧や、時間をかけて整えた髪、卸し立てのブラウスに、ひらりと踊るスカート。どこからどう見ても、まるで初デートかのように浮かれていたけれど、そんな、佐助のためにあれこれ悩む自分は嫌いではなかった。

 頬が緩むのを抑えながら、隣に並ぶ佐助の顔を盗み見る。ひさしぶりに見た彼は、また数段、恰好よくなったように思えた。
「どうかした? 名前」
 頭ひとつ分ほど高いところから、佐助が不思議そうに私を見下ろす。
「なんでもないの。ジェットコースター、楽しみだね」
「好きだねえ、絶叫系」
「うん、大好き」
「でもこのジェットコースター、スプラッシュするみたいだけど、平気?」
「だいじょうぶだよ」
 すこし遠くから聞こえてくる、甲高い悲鳴に耳を傾けた。同時に、ざぶん、と水が盛大に弾ける音がする。
 わくわくと胸が踊った。佐助に逢うのもひさしぶりだったけれど、遊園地なんてもっとひさしぶりだったから。
「ほら、もうすぐだぜ」
 そのことばに、顔を前に向けて列を確かめる。時計を見遣れば、並び始めてからすでに二時間が経っていた。あっという間だ。佐助といっしょなら、アトラクションのために並ぶ時間さえ、特別なものになるらしい。

 横二列、縦四列のトロッコがふたつ繋がったようなコースター。その一番前に佐助と私は乗り込んだ。
「やった、先頭だよ」
「おっかないねー」
「佐助、怖いの?」
「まさか」
 肩を竦めてみせる佐助に、だろうね、と私は笑った。佐助がジェットコースターで怖がるなど、到底思えない。考えてみれば、佐助がなにかを本気で怖がる姿を私は見たことがなかった。
 安全ベルトが下り、スタッフさんによる確認が終われば、いよいよ動き出す。カタカタ、とレールが鳴って、それからはもう一瞬だった。
 凄まじいスピードに意味を成さない声を上げて、傾く車体にかかる圧力を全身で感じる。隣を見ると、佐助と目が合った。彼はくつくつと楽しげに笑っていた。
 ぐんぐん昇って、昇って。一瞬止まって、落ちる。
 痛いほどの風と、落下時特有の浮遊感が襲いかかる。佐助のひと際大きな笑い声が聞こえた。それがなんだか可笑しくて、私もいっしょになってけらけらと笑った。
 最後に、トロッコはその勢いのまま水へと突っ込んだ。ばしゃん。派手な水飛沫が上がり、ばらばらと降りかかる。先頭の私と佐助は云わずもがな、ダイレクトにそのシャワーを浴びてしまった。
「あーあー、びっしょびしょだよ」
 ジェットコースターから降りた佐助が、困ったふうに、しかし尚も笑いながら云った。
「ほんと、髪もぺったんこになっちゃった」
 額に張り付いた前髪を摘まみながら、私もそれに答える。服もところどころ濡れていて冷たい。すると、佐助はそんな私の思ったことなどお見透しとでも云うように、自分の羽織っていた上着を差し出した。
「はい、これ、上に着てな」
「ええっ、いいよ。悪いよ」
「俺様がよくないの。まあ、俺様としては眼福なんだけどさ」
 他の男になんか見せられたもんじゃないよ。低い声で囁かれて思わず肩が震える。同時に、佐助の云わんとしていることがわかって顔が熱くなった。
「それに、これから夕方になるにつれて寒くなるしね」
 取って付けたような気遣いのことばにうなずき、羽織らされた上着の袷をきゅっと握る。佐助は意地が悪い。
「……佐助があんなに笑ってるのはひさしぶりに見たよ」
 話を変えようと、先ほどのジェットコースターにて思ったことを口にした。わー、とか、きゃー、ならわかるものの、ジェットコースターでさも可笑しそうに笑うひとを私は他に知らないし、またそんな佐助も滅多にお目にかかれるものではない。
「いやあ、名前の顔があんまり酷かったから」
 けれど、返ってきた答えは相変わらずひとを揶揄うようなものだった。酷いのはどっちだ、と云いたくなるのを堪えて、顔をしかめるだけに留める。その顔を見て佐助は、冗談だよ、と今度はやさしい笑みを浮かべた。
「でも、いい気分転換になっただろ?」
「気分転換?」
「電話越しに聴く名前の声がさ、日に日に暗くなるもんだから、疲れてるのかなあと思って」
 ぎくりとした。表に出しているつもりはなかったけれど、佐助の目は誤魔化せなかったらしい。その、彼の大きな手が、水気の残る髪を撫でる。
「だから、新天地でがんばってるご褒美、ね」
 うっかり涙が出そうになった。普段は誘わないような遊園地を選んだのも、そのためだったのか。ずるい、と思った。佐助ばかりが恰好よくて、ずるい。
「あら、お気に召さなかった?」
 佐助は、私が僅かに眉を寄せるのも見逃さない。私はかぶりを振った。そんなわけがない。違うのだ。むしろ逆である。うれしすぎて、いまにも泣き出しそうなのだ。ただ、
「……私だって、佐助になにかしてあげたいのに、」
 私は、佐助の喜ぶものも、怖いものも、なにも知らないのだ。
「なに云ってんのさ。そんなのはいいの。俺様は、名前が元気ならそれでいいの。それが何よりもうれしいことだよ」
「そんなの、」
「それに、きょうはいいもん見せてもらったしね」
 語尾に音符が飛びそうなほど上機嫌なその声に、私は赤面する他なかった。無意識に上着の袷を握る手に力がこもる。
「あは、顔まっ赤」
「い、意地悪!」
「はいはい。じゃあ、お詫びと云っちゃあ難だけど、名前だけには特別、教えてあげるよ」
 空いているほうの手をとられ、指を絡めて握られる。
「俺様の怖いものはね、名前を失うことだよ」
 それだけ、と云って悪戯っぽく笑ったその瞳は、けれどひどく真剣で、私は繋いだ手から伝わるすこし低い体温を逃がさないように強く握り返した。




きみが隣に居るということ
御題:しおんさま
遊園地、デート、ごほうび

2012.05.19
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