政宗はあまり自分の部屋に友だちを入れたがらない。彼はひとり暮らしであるので、溜まり場になるのが嫌なのかもしれないと、ひとの家に押し掛けるのが好きな友人が残念そうに云っていた。
そんな、鉄壁の城塞と噂される政宗の部屋だけれど、恋人の特権か、私は躊躇なく上げてもらえる。
ふかふかのソファに沈みこみつつ、慶次たちと話したことを伝えると、彼は柳眉を寄せてしかめ面をつくった。
「溜まり場になるのが嫌なわけじゃねえ。ひとの城に上がり込んで好き勝手されるのが嫌なだけだ」
つまりは、自分の安らぐ居場所を踏み荒らされたくないらしい。溜まり場になれば自然とそうなってくるので、同じようなことだろう。
けれども、政宗の部屋は、まるでその内面を映しているかのごとく、整然としていて静かなのだ。喩えるなら、水の底。もしかしたら、政宗自身もそう考えていて、自分の内側に潜り込まれるのを嫌っているのかも知れない。
「でも、私だって、いろいろ探っているかもしれないよ」
我ながら、意地が悪いと思う。けれど、予想に反して政宗は挑発的に笑ってみせた。
「例えば、なんだ?」
きょうは、機嫌がいいのかもしれない。そんなことをぼんやりと思いながら、例えば、と呟いてみる。
「例えば、」
また片倉さんから葉書来てる、とか、ダイレクトメールといっしょにキャバクラの広告カードも棄ててある、とか、冷蔵庫の中身は相変わらずろくなものが入ってない、とか、新しい靴が増えてる、とか。
浮かんだものをとりとめもなく羅列していく。よく見てんな、なんて零しながらも、政宗は面白そうに聴いていた。疚しいことがない自信の表れだろう。
「あと、きょうだったら、クッションがなくなってるな、と」
座っているソファをぽん、と軽く叩く。いつもならここに非常に抱き心地のいいクッションが置いてあるのだ。
「どこ行ったの? あれ」
「棄てた」
「ええ……残念」
いつも政宗の部屋へ来るたびにぎゅうぎゅうと抱きしめていたので、なんだか寂しい。なにか理由があってのことなのだろうか。
「なんでだと思う」
私の考えを汲み取ったように、政宗が訊いた。
「そうだなあ、汚したから?」
「No」
「自分以外のひとのにおいが付くのが、嫌だから?」
「名前のscentなら大歓迎だが……そうだな、とっておけばよかったか」
「……それはそれで、どうなの」
「男なんてみんなそんなモンだろ」
好きなやつの香りに興奮しないやつが居るならお目にかかりたいものだな、などとのたまいながら、政宗は私のうなじあたりに顔を埋める。くすぐったい。
「じゃあ、なんだろう。政宗のものなのに私が占領するから?」
「Ah-, 逆、か?」
「逆?」
「オレの名前をクッションが占領するから、だ」
一度すこし身を離すと、政宗は真正面からぎゅっと私を抱きしめた。胸の奥から甘いような酸っぱいような、焦れた感覚が溢れだす。
たまらず私もその背中に腕を回した。クッションみたいな柔らかさはないけれど、絶対的な安心感のある背中。
「あんなもの抱くくらいなら、そうやってオレに抱きついていればいいだろ」
「クッションに嫉妬してるの?」
「……違えよ」
「違うことないと思う」
「違う」
ふたりのあいだにあんなものは邪魔なだけだ、と政宗はあれこれとことばを変えて説明した。けれど、それはやっぱり、嫉妬だと思うのだ。
「政宗は、独占欲強いよね」
「わりぃか」
「悪くないよ、うれしい」
「……そうか」
「私以外をあんまり部屋に入れないのも、ほんとうのことを云えば、うれしい」
広い腕のなかから政宗を見上げる。彼は切れ長の隻眼をぱちりと瞬かせた。照れているのか、その目もとはほんのわずかだけれど朱く染まっている。
「さっきも云ったが、それはべつに、名前のためとかじゃねえぞ」
「うん。それでも、なんか、特別って感じするから」
だって、私になら見せてもいいということだ。ほかのひとは知ることのできない、政宗の内側、こころのなか。また、その生活や行動まで。
「そんなことで計らなくたって、名前は特別だけどな」
「そっか」
「そりゃあ、愛してるからな」
なんでもないようにさらりと云って、思いきり、苦しいくらいに抱きしめてくれる。かすかに急いた心臓の音がふたり分、重なり響いて聴こえていた。
秘密のみなそこ
御題:或斗さま
甘々、恋人、お部屋
20120729