kiss | ナノ


左手の小指の爪を伸ばしている。安永に最後に会った日に切ったきりのその小指は、5本の中でひとりだけ仲間外れみたいだ。もうひどく遠くに感じるあの日は、いつだったか。安永はきっと2週間前も会ったばっかなのにと笑うかもしれないけれど、2週間なんて小指の爪が伸びるのとわたしの胸がいっぱいになるのにはこんなにもあっという間だっていうのに。ねえ。馬鹿みたいに長かったよ。馬鹿みたいに会いたかったよ。ずっとこうしたいと思ってたよ。ねえ。







うつ伏せになって真っ白いスーツに鼻を押し付けると、うっすらと優しい洗剤の匂いがしてわたしはそれにひどく安心する。少しだけ上半身を起こして目の前でうとうとしている安永の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回すと、その薄い目が開いた。なんだよ、と眠そうな声にわたしは微笑む。ふんわりシャンプーの匂いがして、ああ、わたしはこれがひどく好きだ。豆電球のオレンジの光の中で安永の頬に睫毛の影。を見つける。触れたい。





「睫毛、長いね」



「きっとお前より長いよ」



「うらやましい」





布団の中で寝返りを打ちすぎてきっとわたしのワンピースはしわだらけだ。布団にくるまってしばらくぼんやりしていたら、
安永に布団を一気に持っていかれる。予想通りワンピースはぐちゃぐちゃで、くるぶしまでのレギンスには毛玉が出来そうなくらい。構わず布団を一気に取り返す。しばらくその繰り返し。馬鹿みたいだけど、こんなどうでもいい瞬間がわたしは好きだ。





「疲れた」



「疲れたね」



ふっと笑いあって布団の中に2人が収まる。少しうとうとしていると腕を引っ張られた。目を開けたら目の前に安永の顔があって。わたしは鼻を摘んでやる。





「いてえ」



「鼻は高いよね」



「鼻はってなんだ」



「字のごとく」



「お前はだんごっ鼻な」



「いて」





わたしの低い鼻を摘み返される。気にしてるのに。すぐに飽きて指は消える。目が合う。鼻先と鼻先、約10センチ。わたしは死にそうになる。

でも決して唇は何にも触れることなく、決してそれ以上もない。例えばセックスとか。わたしたちはただ服を着てこうやって一緒に寝ているだけであって、多分そこには何もない。もしわたしたちが恋人という形になったとしたらそれは当然の形なのだろうけど、わたしと安永の間には形がない。だから何もしない。だからわたしは時々思う。形なんてなくても、どうでもいい。恋人とか彼氏とか彼女とかどうでもいいけど、ただキスがしたいと思う。ただ抱きしめて好きと言ってみたい。ただ抱きしめられて好きだと言われたい。愛なんかなくてもいいからセックスしたい。わたしはあなたに触れたい。わたしはあなたに触れられたい。そんなこの10センチが、わたしにはただもどかしくて、たまらなくて、悲しくて、でもひどく愛しいのだ。







肩にどすん、と重力。安永の左腕がのしかかる。ぐえ、重い、おいこら、変な声を出すと彼は眠たそうな顔で笑った。ああその顔が好きだなあ。わたしは彼といるとき何回好きだなあと思うのだろうか。多分上げたら切りがない。瞼が重くなってきて、わたしは欠伸をひとつする。眠くなってきて彼の方に寝返りを打つ。右肩は布団ごしに安永の左腕の体温がある。





「ねえ、安永」



「んー」



「ちゅーしてもいいよ」





安永の目がうっすら開いた。口の端が緩んで、笑った。笑いながらはいはい馬鹿、とわたしの頭を優しく叩いた。わたしも釣られて笑って、瞼を閉じた。

眠りに落ちながら、わたしは明日帰ったら左手の小指の爪を切ろう、と思う。
何か新しいマニキュアを買ってそれに塗ってあげよう。何色にしよう。いつか雑誌で見たサンダルも欲しい。布団の中で左手を握りしめたら、小指の爪が優しく手のひらに刺さって、わたしはちょっとだけ泣きそうになって、そのまま明日へ落ちてゆく。



kiss me.














20100722

gelatin yuki




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -