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きっとあなたはわたしのことを馬鹿だと思っているでしょう。でもそれはちがうんだよ、馬鹿なふりをしているだけなんだよ。あなたの前ではわたしはなにも知らない、馬鹿な、やつ。でも、本当は全部知ってる。

あ、あなたの口から思わず声が零れた。わたしは聞き逃さないように神経を研ぎ澄ませて、あなたの息遣いをひとつずつしっかりと確かめて噛みしめる。夏の朝の日差しが、茶色いブラインドの隙間から差し込むそれが、わたしの上に覆いかぶさるあなたの後ろから突き刺さるように落ちていて、眩しい。逆光になって、顔がよく見たいのに暗くなって見えない。少し長い髪の毛があなたが動く度にわたしの頬を掠めて、こそばゆい。顔をよく見たくて、あなたの顔を両手で包んでわたしの方に引き寄せてみる。少し汗ばんでいて、少し眠そうな顔、だ。目があった。キスをしようと思ったのに、引き寄せる間もなく先にされてしまう。名前を呼ばれて、また辛くなった。辛い?ちがう、うれしい、死ぬほどうれしい、もうしんでもいい。いっそのこと今しにたい。このまま殺して欲しい。なのに、やっぱりどうしてもちょっと辛いのは、なんでなんだろう。なんで?なんて、本当は分かっている。
動きながら、あなたの手がわたしのTシャツの裾を掴んで少し余裕がない様子で肩まで持ち上げた。わたしは、いやだ、明るいから、見ないで。と言ってシャツを引き戻そうとする。あなたは笑いながら、言うのだ。なに、今更、もう全部みたよ。ねえ、ずるいでしょう。わたしはやっぱり、いや、と呟くように言って、正面を向いているのが恥ずかしくて顔を左に背けたりするけど、本当は全然いやなんかじゃない。ねえ、もっと、もっとして。もっと見て欲しい。もっと余裕なんてなくして欲しい。なんだか、こんなやらしいことをしているのに、部屋が眩しくて明るいなんて、妙な気分だね。
そのうちあっという間にTシャツは脱がされて、気がついたらふたりとも子供みたいに裸だった。あなたはあまり言葉は発しないけど、時々名前を呼んでくれる。わたしは顔を見られるのが恥ずかしくて、右腕で口元を覆うように隠す。でもそれもたまに優しく引き剥がされて、だから、今更、全部みてるってば。とか言われてしまうと、わたしも恥ずかしくて何も言えなくなってしまうし、うれしくてたまらなくて、ああもう本当にだれかこの瞬間に殺してくれませんか、と心の底から思う。今、この瞬間は、あなたはわたししか見ていないし、あなたとわたしは今つながっているし、それもとっても気持ち良いことをしている、今だけは、あなたはわたしだけのものになる。
あ、なんか今日、すごい、いいかも。また深い波がきたみたいで、ちょっとだけ息を荒くしたあなたがそれだけ呟いて、わたしの方にぐんと倒れてきた。わたしは両腕を背中に回して抱きしめてみる。子供みたいだ。かわいくてかわいくて、わたしも子供が出来たとしたらこんな気持ちになるのかな、母親ってこんな気分なんだろうな、そういうどうでもいいことを思いながら、ただ愛しくて、もう一度強く抱きしめた。すき、そう言いそうになるのを、ぐっと唾と一緒に飲み込んだ。わたしは目を閉じて、もう少し腕に力をいれて、名前を呼んで、頭の中で呪った。
この瞬間だけは全て忘れるのだ。今この家の洗面所の鏡の扉の棚に誰かのクレンジングオイルがあること、一緒に化粧水と乳液があること、ヘアゴムとヘアピンがあること、洗面所のコップにあなたのじゃないオレンジ色の歯ブラシがあること、多分じゃなくて絶対だれかがわたしみたいにあなたのそばにいること、よくわからないけど、だれかもわからないけど、わたしもよくわからないし、もう、そういうのどうでもいい、どうでもいい、どうでもいい。わたしはそんなこと知らないし、そんなもの見たこともないし、そんなの信じない。ただそう呪うことしか出来ない。だからきっとあなたはわたしのことを馬鹿と思っているかもしれない、あなたはわたしのことなんてこれっぽっちも好きじゃないかもしれない、あなたはわたしが何も知らないと思っているかもしれない。でも違う、本当は、全部知ってる。知っているけど、もしかしたら、あなたはわたしが知っていることも知っているかもしれない。そうだとしたら、あなたは本当にわるいひと。大っ嫌いだ、でも、それでもいい。ねえ、でも、それしか出来ないけど、たったいま、この瞬間だけは、あなたの全部はわたしだけのもの。

あなたがわたしの名前をまた呼ぶ。わたしはあなたの名前を呼ばない。重なるだけの弱いキスをした。すきだ、とは絶対言わない。あなたも、わたしも。ふかふかの大きいベッドの上、柔らかい茶色い無地のシーツがくしゃ、と皺を作る。太陽の光が差し込む明るい部屋で、わたしはしっかりとあなたを捉える。なんでこんなに幸せなのに泣きたくなるのか、今のわたしには分からない。つぎ名前を呼ばれたらわたしは泣いてしまうかもしれない。ちがう、やっぱりわたしは馬鹿だ。でも大丈夫、全部自分で分かっている。


know.








20140715

gelatin cam



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