メロウ | ナノ


人は生きてる限り存在意義を誰かに求めるのだろう。自分では違う誰かに必要として欲しいのだろう。だから人を求めて人に夢を抱くのだ。そして人を想うようになったのだろうか。人は一人で生きてはいけないなんて言葉はもしかしたらそこから生まれたのかもしれない。わたしも多分そんな中の一人でそしてきっとあんたもそうなんだろうなあ。







「なんで?」



なんとなく、別れて欲しいと言ったら彼はそう呟いて狂った。何かをぶつぶつ呟きながら部屋中をふらついてテーブルの上にあった砂時計やら飲みかけのコーヒーが入ったマグカップやらスタンドの小さなカレンダーやらリモコンやらネコの置物やら醤油さしやらを手に取っては床に落とした。マグカップはコーヒーをこぼしながら床を転がってカレンダーはバラバラになって醤油がカーペットに派手な模様を作った。彼のジーンズの裾にも同じ模様が出来た。左手では携帯電話を意味もなく開いたり閉じたりを繰り返している。表情は無く生きてる人間には見えない。わたしはこんな彼を見るのは初めてだというのに自分でも驚くほどひどく冷静だった。わたしはただ狂っている彼を見ている。そのうち周りにあったほとんどの物を床に落とし終わると奇声のような声を上げながらテーブルクロスをひっぱりテレビを蹴飛ばした。テレビの位置が大きくずれた。横にあったアルミ棚から物が落ちる。高校の時友達から貰った小さな鉢入りのサボテンが落ちた。小さな音を立てて割れた。破片が飛ぶ。小石のような砂がフローリングを転がる。彼の目がわたしを捉える。彼の目の中のわたしと目が合う。わたしにも分からないけれどその?はひどく優しかった。わたしの好きな目だ。わたしの好きな人だ。ああ、わたしなんで別れようなんて言ったんだっけなあ。





「なんで?」



「なんでって?」



「なんでそんな事いうの」



「分かんない」



「分かんない?」



「だけどなんとなくそう思ったから」



「殺すよ」





彼が言った。その単語は不思議とふっとわたしの中に溶けた。彼の額には汗が少しだけ滲んでいて前髪が張り付いていた。細い彼の輪郭が近づいてくる。骨ばった細い指がわたしに向かって伸びてくる。綺麗だと思った。わたしは言う。





「いいよ」



なんとなくそれもいいと思う。この人に殺されたらわたしはこの指に溶けてこの人の一部になろう。多分わたしたちは2人でやっとちゃんとした1人になれるんだよ。指がわたしを捉える。冷たいそれは震えている。彼は泣いていた。わたしは笑った。ねえ、何泣いているの。







「嘘だよ」



指が離れて彼はそこに崩れた。しゃがみこんで泣く彼はまるで幼稚園児みたいだ。嗚咽。震える肩。それを見下ろしながらわたしは思う。こんなにもこの人はわたしが必要だと言ってくれる。わたしの為に泣いている。だからわたしが殺せない。殺せないと泣いている。わたしはそれがひどく愛しい。愛しくて嬉しくてわたしはそこで生きる心地を知る。彼に必要にされたわたしは彼の為に生きようとまた強く思える。わたしはこういうことでしか幸せを感じられないのだ。わたしはなんて弱い。そして同じように彼もなんて弱いのだろう。脆くて悲しくて、それでもわたしたちはお互いを欲しいと今日も願う。







「ごめんね」



わたしはしゃがむ。そして目の前の彼に縋るように腕を回す。もう二度とこんなことは言わないから。ごめんね。ごめんね。彼の肩に噛みつくようにわたしはそう言って泣く。彼の涙がわたしの頬を濡らす。わたしの涙が彼の首を濡らす。背中に弱々しい腕が巻き付いて来てそこでわたしは彼の体温を感じる。体温が重なって溶けてしまえばいい。ぐちゃぐちゃの部屋でわたしたちは子供のようにぐちゃぐちゃに抱き合う。わたしたちは多分これからもそうやって生きて行くのだろう。



mellow


1人じゃ生きていけない女と1人じゃ生きていけない男の話





izikemusiに関わってくれたすべてのいくじなしの皆さんへ、これからも皆さんが素敵ないくじなしでありますように

20090420 ゆき



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