かさぶためくり | ナノ


窓の外をビルや街灯や明かりが走ってゆく。オレンジ、白、黄色、なんて柔らかい。ひとつひとつをぼんやりと目で追いながらわたしは何を考えよう。心地よい揺れが眠気を誘う。まるで子守歌みたいだ。終電間近の電車にはぽつりぽつりと人が乗っていてわたしはヘッドホンに耳を傾けて窓を見ていた。消えそうなメロディラインが溢れてわたしの中をいっぱいにしながらわたしは何を考えよう。携帯を握りしめながらわたしは何を考えよう。何を考えよう。ああ多分それはきっと間違いなく。











携帯を開いてアドレス帳を開く。慣れた手付きでページを移動する。たくさんの名前の中にその名前を見つけてわたしは何故だかひどく安心する。ああ、まだ彼はここにいた。

そのたまにやってくるそれはわたしの悪い癖でありこの先きっと一生治らないであろう言ってしまえば一種の習慣のようなものかもしれない。消えかかったころにわたしは自然とあの人のことを思い出して考えるのだ。あの人は今何をやっているだろう。多分音楽を聞いているような気がする。煙草の煙を吐きながら鼻歌でも歌っているんだろうな。相変わらず彼の髪の毛は伸びっぱなしなんだろう。いい加減に眼鏡は買い換えただろうか。度が合わない眼鏡のせいで視力は落ちてゆくばっかりだっていうのに。彼の入れてくれるコーヒーが好きだった。ふと彼の言葉を思い出す。いつだったか忘れたけれど多分あれは彼がいてまだ最初の頃、わたしが隣で何気なく文庫本を読んでいた時話してくれたことだ。「世の中のどんな話も結局、主題はみんな同じなんだって知ってた?」その時わたしは良く言ってる意味が分からなくてなんとなく首を傾げた。「小説ってものすごい数のいろんな話があるでしょ。恋愛の話だったり友情の話だったり冒険の話や推理小説なりファンタジーなりミステリーなりホラーなり戦争の話なり。数え切れないくらいたくさんあるけどその全ての小説はどれも最終的な主題は全部同じで、それが愛、なんだ?て。どんな話も言いたいこと伝えたいことの全ては形は違えど結局、愛に繋がるってこと。愛なんだよ」その時はなんだか難しくてわたしはふうん、と興味なさそうに相槌を打ったけれど、今こうして改めて考えるとそれはとても魅力的な話だった。彼はそんなような話をたくさん言う人だった。そもそも彼自身が魅力的だった。わたしはいつだって彼に圧倒されてばっかりだった。まわる。まわる。まわっている。頭の中でまわってる。ねえ、あなたとわたしの中にも愛はあったのかな。あの時聞いたらあなたはなんと言ったかな。笑ってそうだよって言ってくれたかな。そうだよ、結局全ては愛なんだ。って言ってくれたかな。

それはまるで傷口が開いたように溢れ出す。せっかく忘れかけてきて塞がろうとしていたのにわたしはまた分かっているくせにこうやって自分で爪を立てて開いてしまう。わたしは多分これからもそうやって何度も同じことを繰り返すのだろう。いっそそのまま痕になってしまえばいい。

ヘッドホンから聞き慣れた懐かしいギターのイントロが流れてわたしは目を瞑った。彼が好きな曲だ。ぱっくりと開ききってしまった傷口にそれは恐ろしいほど良く滲みるんだろう。電車はゆっくりと走る。窓の外には相変わらずオレンジの明かりが点々と浮かんでいる。溶けてしまいそうな夜だ。わたしは静かにメロディを口ずさむ。悲しいくらい馬鹿みたいなわたしはもう神様だって救えない。ああ多分それはきっと間違いなく。



かさぶためくり





あおを見に行く様、act.1提出


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