上履きに履き替えたふたりは、静まり返った廊下を隠れながら足を進めていた。見付からないように目で合図を送り、口を結んでいる。
今は授業中の為、近くの教室からは教師の声が響いてきた。時折、生徒たちのざわめきが耳に届いたり、教室のドアが開かれる音がすると、さっと隠れてルーシィなにやってんだと手招きする。
何をするにも楽しそうに笑っているナツ。ルーシィは仕方がないから付き合ってやるかと息を吐いた。
肩に掛けているカバンの角が当たり軽い物音を立てると、彼女に向かって静かにしろとでも言うかのように、人差し指を顔の前に立てている。
キョロキョロと見まわしてから二階に繋がる階段の方を指してルーシィを先に行かせると、その後ろからナツは低姿勢でついて行った。
そんな彼に呆れた表情を見せているが、ルーシィは声を出さずに笑っている。
サボるといっても、どこへ行くつもりなのか。
ルーシィが足を止めて振り返る。
「ねぇ…ナツ、どこまで行くの?」
人の気配も感じられないが小声で問い質すと、ナツがもっと上だと彼女を追い越した。
最上階に辿り着く。
「サボるには絶好の場所だよな!」
にっと歯を見せて笑うナツはそう呟くと勢いよく扉を開けて、駆け出していく。
彼の背を追って屋上内に足を踏み入れると、
「きゃー!」
「ん?」
突風にスカートが煽られ、咄嗟に抑えた。ナツはルーシィの声に反応して振り向く。
「……見た?」
「何を?」
「えっ、ううん。…何でもないわ」
「…変な奴」
ナツはカバンを放り投げて、校庭が見える位置まで移動した。
ふぅ〜とルーシィは息を吐き、空を見上げる。屋上はいつもこうだが、それでも行きたくないと思えないのが不思議で、
「空が近いからよね」
「はあ?何言ってんだ」
小さく呟いた言葉を聞き入れて、がしゃん、とナツが鉄柵によりかかった。
「あんた情緒とかないの?」
「ルーシィが壊れた」
「誰がよ!?」
あははと笑っているナツに並んで、彼と同じ景色を瞳に映す。やはり空は近い。青い。綺麗。
こんな風に時間を使うのも悪くないなと微笑んだ時、ぶわ、と一際強く、風が吹いた。
「わ…」
今度は髪が持っていかれる。せっかくのブローが台無しだ。
風に煽られた金髪を押さえて、サイドに結んでいるリボンを解く。それを上着のポケットに入れた。
実践授業で使用しているピンクの髪ゴムを手首から外して咥えると、髪を二つに分けて器用に三つ編みを結う。
ささっと整えたルーシィは、最後に毛先をギュッと握って放した。これで強い風が吹いても絡んだりしない。
満足げな彼女は、ピアノの音が遠くに聞こえるのに気付き、そちらへと耳を傾けた。
今の時間は校庭での体育もないらしい。静かであった。
ルーシィはふと、違和感を覚えて隣を見上げると、マフラーが大きく揺れているのが目に入る。そして、ぼんやりとした様子のナツと目が合った。
「何よ?」
「え?」
掠れがちな声が零れ落ちる。彼女は静かなナツに調子狂うじゃない、と腰に手を当てた。
さっきまで笑っていたのに、と眉を寄せる。
「じろじろ見てたじゃないの」
ルーシィにそう指摘されて、気付いたように目を瞠った。
「見てた?」
「うん」
「見て…たような、見てなかったような」
「何それ」
ナツは困ったように眉を下げている。
理由はなかったか、とルーシィは大きく息を吐いた。
なんだかドキドキしたような気がする。胸に手を置き、俯く。
――バカみたい。
グッと顔を上げて、ルーシィは鉄柵に身を乗り出した。ここからは教室の様子がよくわかる。
「ここに居たら見付かるかしら」
とりあえず端には居ない方が良いだろう。ルーシィが歩こうと足を踏み出すと、腕がぐい、と引っ張られた。振り向くと、ナツが居る。真剣な、瞳で。
「え…」
「ルーシィ」
声も真剣だった。太陽に炙られるように、熱が上がっていく。
「な、ナツ」
「お前、後ろ捲れてるぞ」
あっさりとナツは言って、そして、付け加えた。
「階段、上がる前からだけど」
「はっ…早く言いなさいよ!?」
本当にバカみたいじゃない!と叫んだ彼女に、ナツは「本当に?」と首を傾げた。