夜中、ふと目を覚ますと隣にあるはずの温もりがないことに気付いた。
嫌な予感が全身を駆け巡って、僕は慌てて身体を起こした。
薄暗い部屋を見渡すと、窓辺で寝間着姿の彼女がぼんやりと佇んでいる。
とりあえず、彼女が消えたのではないかという嫌な予感が的中しなかったことに安堵しつつ、僕は彼女の名前を呼んだ。
「芽衣」
僅かな月光だけが差し込む部屋の中でもわかる、彼女の深い色をした綺麗な瞳が僕を見つめた。ぱちり、とひとつ瞬き。
「あ…起こしてしまいましたか?」
「いいや、大丈夫だよ」
申し訳なさそうに眉を下げる彼女にそう答えて、ベッドから降りて彼女の傍まで歩み寄る。
「眠れないのかい?」
「いいえ…そういうわけじゃなくて」
そう言って彼女は窓の向こうへと視線をやる。同じように僕もそこへ視線を向けると、濃紺の空に浮かぶ少し欠けた白い月。
「月が綺麗だったから」
見上げる彼女の顔が、月明かりで照らされて白く光っている。その横顔を見ていると、何故か胸がざわついた。此処にいるというのに、彼女が今にも消えてしまうのではないかと思った。
そんな不安をかき消すように、僕は彼女の華奢な肩を抱き寄せた。
「ねえ、鴎外さん。私、小さい頃、朝が来るのが怖かったんです」
「朝が?どうして?」
「どうしてかは覚えてないんですけど、とにかく怖かったんです。月が沈んで、太陽が昇ってくる度に、私は朝なんて来なければいいのに、って思ってました。ふふ、朝が怖いだなんて、可笑しいですよね?」
そう言って小さく笑う彼女が、どうしようもないくらいに愛しく思えて、肩を抱く腕に力をこめた。
「可笑しくなんかないさ。僕も、朝が怖い」
「鴎外さんも…?」
「ああ。朝、目を覚ます度に、おまえがいないんじゃないかと不安になる。はは、我ながら情けない男だとは思うが」
「そんなこと、ないです」
鴎外さん、と彼女が僕の名前を呼ぶ。彼女を見ると、はっとするくらい真っ直ぐな眼差しを、僕に向けていた。
「私、絶対に鴎外さんの傍から離れません。貴方を、一人にしません。だから、大丈夫ですから、」
「…うん、ありがとう」
彼女は、こんなにも強かっただろうか。それとも、自分が弱くなっただけなのか。
それはわからなかったけれど、でも、僕が彼女のこうした直向きさに救われてきたのは確かなことだった。
「……芽衣、好きだよ」
「………いきなり、どうしたんですか?」
「うん?ただ、伝えたくなっただけだよ。僕は、おまえを好きになって良かった」
僕の言葉に彼女ははにかんで、私もです、と言った。感じる温もりが、ただただ愛しい。
夜は、まだ明けそうになかった。濃紺の空には、金と銀の星々が瞬いている。朝なんて来なければいいのに、と言った彼女の気持ちが少しわかったような気がした。
僕はひとつ、あくびをして、彼女の額に唇を落とした。