愛してるだけじゃ足りないのよ 



髪を切ってみた。背中まであった髪を思いきって、肩より上の長さまでにしてみた。
別に失恋とかそういうわけじゃない。ただのイメージチェンジ、気分転換だ。特に意味は無い。
けれど、これまで伸ばしてきた髪をいきなり短くするというのはそれなりに勇気のいることで、私は何度も何度も鏡の前で髪を触る。大丈夫かな、変じゃないかな。行きつけのお店の美容師さんには可愛いと言われた。たとえそれがリップサービスだったとしても、その言葉で少しは自信を持てたのだ。



「すみません!待ちましたか?」
「別に、大丈夫。俺もさっき来たところだから」
「ごめんなさい、電車が遅れて…」
「いいよ、それより行こう」

当たり前のように繋がれる手にどきりと心臓が跳ね上がる。
春草さんとのデートは久しぶりだ。最近は春草さんの仕事が忙しくて二人でどこかへ出掛けることもなかった。
アクアブルーのワンピースも、それに合わせて買ったミュールも今日おろした。張りきってしまうのは仕方ない。好きな人の前では少しでも可愛く見せたい乙女心だ。

「久しぶりですね、こうやって一緒にお出かけするのって」
「そうだね。最近はあまり会えなくてごめん」
「お仕事だから仕方ないですよ」
「その代わり今日はとことん君に付き合うよ。どこに行きたい?あ、いきなり牛鍋食べたいとかはなし」
「もう、そんなに私は食い意地張ってませんよ!」

んん、あれ?おかしい。何も言ってくれない。服装は別に構わない。だけど、流石に髪型くらいは何か言ってほしい。せめて、髪切った?とかさ。

髪型のことについて何も触れないまま、会話は進んでいく。
もしかして、似合ってないのだろうか。切らない方が良かったのだろうか。美容師さんの言葉は、所詮ただのリップサービスに過ぎなかったのだろうか。
もやもや。もやもや。なんだか心がすっきりしなくて、繋いでいない左手で毛先に触れる。あーあ、短くしない方が良かったのかなあ。それとも春草さんがただ鈍いだけなのかな。短くなった髪のせいで、首がすーすーする。

「あ、そういえばさ、髪切ったね」
「どうですか?」
「いいんじゃない。似合ってる」

ふわりと春草さんの綺麗な指が私の髪を撫でる。
ああ、もう!もう少し他の言い方とか無かったのだろうか。せめて可愛い、とか。でも、単純な私はすぐに彼に絆されてしまうのだ。今だって、春草さんの言葉に、春草さんが私に触れているというだけで、どきどきどきどきと心臓が五月蝿い。

何も言えずにいる私を見て春草さんはどうしたの?なんて言って首を傾げる。本当にずるい人。どきどきしてるのは私だけで、少し腹立たしい。

「なんでもないですー」
「そう?」
「春草さん」
「何?」
「好き、です」
「…………いきなりどうしたの」
「思ったことを言っただけです」

ちらりと春草さんを見れば掌で口を覆っている。あ、これは照れている時の癖だ。ほんのりと赤くなっている耳に、なんだかとても愛しさを感じる。春草さんも私と同じようにどきどきするが良い!

「……なに笑ってるの」
「ふふふ、笑ってないですよー」
「………俺も好きだよ。大好きだ」
「………え、」
「あと、その髪型可愛い。すごく好きだ」

…ああああ!もう、本当にずるいんだから!この人は結局、いつも私の欲しい言葉をくれるんだ。そんな春草さんが私はたまらなく愛しい。
今度は髪を伸ばしてみようか。そうしたら、春草さんはどんな反応するんだろうなあ。

 
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