キスミー 



「き、」
「き?」
「き……」
「……………」
「…や、やっぱり何でもない」
「はあ…?」

一体何なのだろうか。
今日の鏡花さんはおかしかった。
本屋に行ってくる、なんて言って家を出ていって一時間後。帰ってきた鏡花さんの様子は、そわそわしているというか、何というかすごく挙動不審だった。
また犬に追いかけられたのか、はたまた黴菌がどうのこうのとかそういうものかと思って何も聞かなかったけれど、彼のちらちらとこちらの様子を伺うかのような視線に私はつい「どうしたんですか」と聞いてしまった。
鏡花さんは綺麗な顔を少し赤らめて、あーとか、うーとか言いながら居心地が悪そうに視線をさ迷わせて、それから冒頭に戻る。
そんなやり取りが、かれこれ五回は繰り返されている。

「なあ、芽衣」
「はい」
「き、今日が何の日か知ってる?」
「…何かありましたっけ?」
「いや、知らないならいい!」
「ええと…?」

はて、今日は何かあったのだろうか。鏡花さんの誕生日はまだ先だし、勿論私の誕生日でもない。記念日も今日じゃないし、何も思い当たる節がない。
ぐるぐると考えを巡らせながら、ちらりと鏡花さんを見やるとふいっと視線をそらされた。あ、いつものことだけど酷いです。
彼がこれ以上なく照れ屋な人だということは知っているけれど、流石に恋人の視線くらい受け止めてほしいなあ、なんて思いを馳せていると鏡花さんは言いづらそうに口を開いた。

「…さっき、本屋で偶然、川上に会ったんだ」
「あ、そうなんですか」
「それで、あいつ、今日が何の日か知ってるか?とかにやにやしながら聞いてきて、」
「何の日なんですか?」

私がそう尋ねると、鏡花さんは黙ってしまった。
相変わらず頬をほんのりと染めたまま、眉を寄せて視線をうろうろとさ迷わせている。
じっと彼を見つめると、視線に気付いた鏡花さんは観念したように溜め息を吐き出した。

「今日は、その…き、キスの日、なんだ」

キスの日。なんともまあ、予想外というか、予想のかなり斜め上を行くその返答に、私はまじまじと鏡花さんの顔を見つめた。
私の視線を受けて何を勘違いしたのか、彼は真っ赤な顔で「べ、別に違うんだからな!」と叫ぶ。

「勘違いするなよ?僕は別に川上の奴に、どうせ素直じゃないおまえはこういうイベントに乗っかりでもしないと芽衣にキスなんかできないだろとか言われたわけじゃないし、それに納得したわけでもないんだからな!」
「…言われたんですね」
「あ……」

本当にわかりやすい人だと思った。人のことは言えないけれど。
手を繋ぐことだっていつも照れていっぱいいっぱいな人だ。ましてや、キスをしようなんて鏡花さんにとってはかなり勇気が必要だったのだろう。
まるで学生の恋愛のようだ。いや、今の学生なんてもっとマセているだろう。キスのことだけで真っ赤になる鏡花さんや、同じように赤くなっている私よりは絶対に。

「鏡花さん、顔真っ赤ですよ」
「芽衣だって」
「私達、良い歳した大人なのに」
「いい加減慣れなよ」
「その台詞、そっくりそのまま鏡花さんにお返しします」
「うるさい」

何となく気恥ずかしくて、私もさっきの鏡花さんと同じように視線をあちらこちらへ泳がせる。たぶん、鏡花さんも同じことをやっている。
私達、一体いくつなんだろう。初めての恋みたいに胸が熱い。

「…キス、しますか?」
「……する」

たぶん、きっと、というか必ず、これが私の最後の恋になるのだろう。これから先、この人以外を好きになることはないと思う。
私達はこの先もずっとキスをする度にお互い真っ赤になって、くだらないやり取りをずっとずっと繰り返していくのだ。
いつまでも初心なこの人が堪らなく大好きだ。この人が可愛いと思うし、世界の何よりもいとおしいと思う。ああ、鏡花さんもそんな風に思っていてくれたら良いなあ。

目を閉じる。彼の呼吸を間近で感じて、どきどきと胸が高鳴る。
音二郎さんありがとう、ついでにキスの日を作った人にもありがとう。グッジョブ。

キスまで、あと三秒。
三、二、一。

ああ、私今すごく幸せです。









5月23日はキスの日ということで。

鏡芽は現パロで20代の同棲しているカップルとかいうどうでもいい設定。

 
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