心臓は痛いくらいに愛してるを叫んでいた 



どうすれば良かったのか、どの選択肢が一番正しかったのか、なんて俺にはわからなかった。どの選択肢を選んでも、どの行動をしても、全て間違っていて、結局のところ今の状況を回避する方法なんて最初から無かったのかもしれない。これは運命。絶対的で、必然的な、運命。なんて考えてみたところで、何も変わるわけでも無かったし、耳の奥では今も彼女の告げた言葉がぐるぐると反響していた。

「別れましょう、春草さん」

たった数分前に彼女の唇から紡がれたその言葉は、本当に現実世界で紡がれた言葉だったのだろうか。俺は、夢を見ていたんじゃないだろうか。だけど、さっきまで彼女が使っていた飲みかけのミルクティーが入ったマグカップは小さな机の上に置いてあったから、それは間違いなく夢ではなかった。紛れもない現実世界での出来事だった。マグカップはお揃いのものだった。近所の雑貨店で彼女が買ってきたもの。
彼女は泣いていた。綺麗な大きな瞳からはらはらと静かに涙を流していた。それは綺麗だった。彼女は涙を流したまま、何も言わない俺に呆れたのか失望したのか、それとも、もっと前から失望されていたのかわからないけれど、スマホと彼女のお気に入りの小さな鞄を持って、さっきこの家から出ていった。
どうしてこうなったのかなんて、俺にはさっぱりわからなかった。どちらも悪かったのか、それとも俺が悪かったのか。愚問だ。たぶん、というか、間違いなく俺が悪かったのだろう。彼女は俺を好きでいてくれた。俺は彼女が隣にいるのが当たり前だと思っていた。ずっと、傍にいて笑ってくれると思っていた。馬鹿だな。与えられるばかりで、俺は彼女に何も与えなかった。そんな発想すらなかった。だから、彼女は離れていったのだろうか。俺には、何もわからなかった。
もしもやり直せたら、なんて考えるだけ無駄だった。修復は不可能だ。後悔したって、遅い。どうしたってもう元には戻らないのだ。

もともと広くはなかったけれど、ひとりになった部屋は何故か広く感じた。時計の秒針と、自分の呼吸音だけがこの静寂に支配された空間に存在している。彼女は、いない。もう二度と、この部屋へは戻ってこないのだろう。お揃いのマグカップも、もう彼女は使わない。この部屋へ、置いていったのだ。
ねえ、好きだ。愛してる。こんな結末を迎えるくらいなら、もっと早くに伝えておけばよかった。そしたら、何か変わっていたのだろうか。だけど、出ていった彼女を追いかける勇気すら俺には無かったのだ。彼女は今もひとりで泣いているのだろう。ねえ、芽衣。好きだ、好きだよ。ごめん。鈍痛。胸が痛い。心臓は痛いくらいに愛してるを叫んでいた。ねえ、君に会いたいよ。
 
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