※味覚がおかしくなる鴎外
何故だか最近、身体が甘いものが欲しいと叫んでいる。
元来自分は甘党であったし、あんこがたっぷり入った饅頭をお茶漬けにするのも、砂糖で甘く煮詰めたあんずを白米で食べることも好きであったが、だけど、最近はおかしいのだ。
まず、紅茶に入れる角砂糖の数が増えた。以前は、角砂糖は二つだけ、と決めていたのに、今は紅茶一杯に角砂糖を最低でも十は入れなければ飲めなくなってしまった。勿論、珈琲なんて苦すぎてもう口に付けようとも思わなくなった。
それに、シュガークッキーもタルトもブラウニーも全く甘さを感じない。果物も、甘さよりも酸っぱさを感じるようになってしまって食べれなくなってしまった。
つまり、僕の身体はおかしい。おかしくなってしまった。
「原因はなんですか?」
もぐもぐと粉糖をたっぷりまぶしたポルボロンを食べながら、向かいのソファに座る少女が言った。
「さあ、僕にもわからないよ」
「お仕事頑張り過ぎたんじゃないんですか?」
「ははは、ストレスなどおまえと居れば吹き飛ぶというのに?」
「私じゃ吹き飛ばしきれなかったのかもしれませんね」
しばらく休んだらどうです?なんて言いながら、自らの食欲に忠実な彼女はその蜂蜜色の瞳を僕に向けることなく目の前のポルボロンばかり映すのだから、全く、薄情な恋人だ。
はらはらと粉糖が雪のように彼女のスカートの上へ舞い落ちる。
「…美味しいかい?」
「はい!とても」
にっこりと笑って、恋人はやっとその美しい瞳に僕を映した。
唇の端に付着した粉糖をぺろりと赤い舌で舐めて、彼女は僕に語る。
「知っていますか?ポルボロンって幸せをもたらしてくれるって言われているんですよ」
細い指先で真っ白な粉糖を纏ったそれを取り、彼女はその小さな口に放り込む。
どんどんと、幸せをもたらすお菓子が彼女の胃袋の中へと吸い込まれていく。
「食べる前に『ポルボロンポルボロンポルボロン』って三回唱えると、幸せが訪れるとかなんとか」
「へえ、なるほど。しかし、おまえは唱えていなかったようだが?」
「そんなことしなくても、私は幸せなんです」
はいどうぞ、と身を乗り出した彼女にポルボロンを口元まで差し出され、僕は苦笑を浮かべてそのお菓子を口にした。
「あ、鴎外さん。ポルボロンって三回唱えてないですよ」
「はは、僕もそんなことしなくても幸せだからね」
口に含んだ瞬間、それはほろほろと優しく溶けていった。
相変わらず、甘さは感じない。甘さを感じる部分だけ、忙しい日常のどこかに置いてきてしまったようだ。
だけど、舌に残る溶けた感触だけはどこまでも優しかった。
「甘いですか?」
「いいや、全然」
「ええ…やっぱり駄目ですか」
「………芽衣、ちょっとおいで」
なんですか?とソファから限界まで身を乗り出した彼女の頬を両手で挟んで、それから、ちゅ、とキスをひとつ落とした。
ああ、どんなに砂糖を使ったお菓子よりも甘く感じた、ような気がした。
「僕は、芽衣が傍にいてくれるだけで幸せなんだよ」
「そんなの、私もですよ。鴎外さんと生きることが私の幸せですから」
目尻を少しだけ赤くしてはにかむ恋人が、堪らなくいとおしかった。
暫く、休暇を貰おう。最近は忙しくて、あまり一緒にいてやれなかった。そして、病気になりそうなくらい砂糖をたっぷり使った甘ったるい菓子でも食べながら、二人でずっと過ごすのだ。
そんなことを思いながら僕は、もう一度小さな唇へキスをした。
(ああ、なんて甘ったるい日常!)
一応、現パロで鴎芽は同棲している設定。