牛肉を愛する少女と牛肉に負けた男 



「ごめんなさい音二郎さん。音二郎さんの気持ちはすごく、嬉しいです。私だって音二郎さんのこと、好きですよ?…でも、それよりも何よりも、私が愛しているのは牛肉なんです」

は?え、ええ?
悩ましげに長い睫毛を伏せて、重々しげに言葉を吐き出した芽衣に、俺はそんな素っ頓狂な声を上げて目の前の少女をまじまじと、それはもうじっとり見つめた。

「……え?何だって?よく聞き取れなかった。悪いが、もう一度言ってくれねえか」
「私は、音二郎さんよりも牛肉のことを愛しているんです。だから、音二郎さんの気持ちには応えられません」

牛肉?え?俺よりも牛肉がなんだって?
芽衣は伏せていた瞳を持ち上げて、俺を見つめる。
意志の強い瞳だ。
俺は芽衣のそんなところが好きなのだ。
……って、そうじゃねえ。現実逃避するな俺。逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ。

「…ええと、おまえは俺よりも何よりも、牛肉のことが好きなのか?」
「そうです。牛肉を、愛しています」
「……ちなみにひとつ聞くが、牛肉って食べるものだよな?牛肉って名前の男じゃないよな?」
「はい。牛肉は食べるものですよ」
「そうだよな、牛肉は食いもんだよな」

そりゃ、そうだろ。牛肉って名前なんて聞いたことねえよ。絶対いねえだろ。何言ってるんだ俺は。

「ちなみに、牛肉のどこに惚れたんだ?」
「そうですね…一番はあの肉汁と旨味ですね。私を幸せにしてくれます」

牛肉のことを思い浮かべているのか、それはそれは幸福そうに微笑む芽衣。
俺は牛肉に負けたのか?
肉汁と旨味に負けたのか?
天下の色男である川上音二郎が牛肉に負けたのか?

「……芽衣、頼むから俺のところに戻ってこい」
「音二郎さん…でも、」
「そんなに牛肉が好きなら俺がいくらでも食わせてやるよ。おまえを幸せにしてやる」

言った途端、ぱああっと輝く愛しい少女の顔。
完全に負けた。
完膚なきまでの敗北。

「私、牛鍋が食べたいです!」

くっそ、どこでそんな強請り方覚えたんだよ。
 
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