愛玩人形 



「芽衣、芽衣、愛しい僕の子リス」

優しく引き寄せられて、身体に長い腕が絡み付いてきて、きゅうっと、抱き締められる。
彼の胸に顔を擦り付けると、インクと、甘い煙草の香りがふわりと漂った。
煙草の香りは、好きじゃない。
だけど、鴎外さんの匂いと混ざったそれは、少しだけ、なんだか安心する。
なんでだろう、と考えた。

「芽衣、愛してるよ。僕は、おまえを愛している」

耳元で、囁かれる。
甘い甘い、甘くて蕩けそうな声。
きっと世の女性はこの声に見も心もどろどろに溶けてしまって、この人の虜になってしまったのだろうとそんなことを頭の隅で思ったけど、まあ私も同じようなものだからと、直ぐ様その思考は遥か彼方、宇宙の果てへと消え去った。

「………鴎外さん」

彼を呼べば、髪を撫でられた。
それから、やっぱり耳元で何度も何度も愛しいと囁かれて、私の心はその熱で少しずつ溶けていくようだった。

「愛してるよ、芽衣」


この人は時折、どうしようもなく苦しくなった時に、私をその腕で強く抱き締める。
不安を掻き消すかのように、ただただ私を抱き締めるのだ。
だから、私はそれを拒むこともなく、黙って彼の抱擁を受け止める。
鴎外さんが、それを望むから。
彼は、慰めの言葉も同調も、何一つ私に期待などしていない。
私は鴎外さんの全てを受け入れる。ただそれだけ。


「可愛い、僕の子リス。愛してる」

ただひたすらに繰り返される愛しているの言葉に、私は、ああ人形のようだ、と思った。
彼にとってはひどく都合が良く、愛でられるだけの人形。
何も持っていない、自分よりも遥かに劣って可哀想な私が、人形役には調度良かったのだろう。
彼は私を愛しいというけれど、決して愛してなどいない。

「愛してるよ」

私よりも遥かに憐れで、可哀想な人だと、思う。
だけど、私はそんな彼がいとおしかった。
インクと煙草の香りと彼の匂いに包まれて、私は目を閉じた。
ああ、今日も私は彼の愛玩人形になれているだろうか。



(人形は今日も涙を流した)
 
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