閉回路 



「お姉ちゃん、気持ち悪い」

昔、たった一人の妹に言われたその言葉は、幼い私の胸を抉るには十分過ぎる言葉だった。

姉妹仲は、決して悪くはなかったはずだ。良いとも言えないけれど。
ただ、普通の人には視えないものと会話し、触れ合う私を、妹は大層気味悪がった。
両親は、私を頭のオカシイ子供だと思って、まるで腫れ物に触るような扱いをした。
私が、変だっただけかもしれないけど。でも、私には人じゃない彼等の姿が確かに視えたし、言葉を交わすことだってできた。
何より、彼等は私の味方だった。
私に近付かない妹よりも、気の毒がる両親よりも、彼等は私のことをよくわかってくれた。私の、どんな話だって聞いてくれた。

妹の言葉は、私に衝撃を与えた。
同級生達に化物呼ばわりされることよりも、もっと、もっと私を傷付けた。

「…ねえ、どうしてお姉ちゃんはいつも一人でお話ししてるの?どうして私のお姉ちゃんは普通のお姉ちゃんじゃないの?もっと、普通のお姉ちゃんが良かった」

ある時、妹がお母さんにそう言った。
それを聞いたお母さんは顔色を変えて、それから妹の頭をはたいて怒った。

どうしてそういうこと言うの?お姉ちゃんが可哀想でしょう?

可哀想?どうして私が?可哀想なのは普通のお姉ちゃんを持たなかった妹の方じゃないのかと、幼い私は思った。

カワイソウな子。
私は、可哀想な子。



「…私って、可哀想な子なのかな」
「おや?どうしてそう思うの?」

私の言葉に、チャーリーさんは片眉を上げた。

「昔から、お母さんやお父さんにそう言われてきたの。私は、頭のおかしい可哀想な子供なんだって」
「ふぅん。どうして芽衣ちゃんの頭がおかしいの?」
「他の人には視えないものが視えるから」

私の言葉にチャーリーさんはふむふむと頷いた。
それから、狐のような細い瞳をさらに細くして、静かに笑った。

「じゃあ、尚更この時代は君に合っているんじゃないの?ここでは、そういうものが視えたって許されるんだよ」

私は首を横に振るった。
なんとなく、悲しくなる。

「だって、私の居場所は此処には無いもの。私がどんなにこの時代の住人になりたがったって、所詮私はあっちの時代の人間だから」
「…そういうものなの?」
「うん。チャーリーさんには悪いけど、私は此処に来て楽しかったけど、でも、いつも疎外感を感じてた。だって、そりゃあそうだよ。私は、此処にいるべき人間じゃないから」
「うーん…難しいねえ……」

細い顎に手を当てて、彼はわざとらしく悩んだふりをする。
でも、すぐに胡散臭いあの満面の笑みを浮かべて私を見つめた。

「じゃあさ、今度は記憶を最初から抜いておこうか」

まるで妙案だ、とばかりにチャーリーさんはウンウンと頷く。
私を瞬きを繰り返して、チャーリーさんを見つめ返した。
この人が突拍子も無いことを言うのは、いつものことだ。

「現代の記憶があるからいけないんだろう?だったら、最初から抜いておけばいい。そうすれば、君は疎外感を感じないだろう?」
「…うーん、そういうものなの?それに、記憶を無くしちゃったら、自分の名前さえも分からなくなるんじゃないの?」
「大丈夫だよ、芽衣ちゃん。僕は奇術師だからね。名前くらいは残しておくよ」

ね、だからもう一度やり直そうか。

まるで、少し散歩でもしませんかとでも言うように、彼の口調は軽かった。

「…でも、」
「心配しないでよ。僕は、いつだって君の味方なんだから。芽衣ちゃんに幸せになってほしいんだ」

そう言う声は優しく、チャーリーさんが私に向ける笑みは慈愛に充ちていて。
だから、私はこの奇術師を信じても良いような気がしたのだ。

「さあ、ショーの始まりだよ。目を閉じて。…1、2、3!」





ああ、随分と帰りが遅くなってしまった。
早く帰らないと、お母さんに怒られてしまう。

濃紺の空に浮かぶのは、まあるい赤い月。
なんだか、不気味だなと思った。

「さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」

祭囃子と太鼓の音。
人々のざわめき。

どこかで祭りでもやっているのかと、少しわくわくした気分になった。
少しだけ、少しだけ、覗いていこう。
私は、音のする方向へ足を運んだ。

「世紀の大奇術師の、世にも不思議な奇術ショー!」

遠くで、人だかりができている。
その中心に立っているのは、銀色の髪をした狐を連想させる細い瞳とつり上がった口元。

今度こそ、幸せにしてみせるから。

どこかで、そんな声が聞こえた気がした。

私は、まるで吸い込まれるように人だかりのもとへとふらふらと歩いていく。

満月は、ただ妖しく赤く光っていた。


(居場所が欲しい)
(居場所を与えたいんだ)

(だから、私達はただ繰り返す)








なんか意味わからん話になってしまった…。最後の方は力尽きました。
チャーリーさんは芽衣ちゃんを幸せにしたいがため何度もタイムスリップさせるけど、結局芽衣ちゃんは幸せになれず、もう一度時を巻き戻してタイムスリップさせる無限ループ。
 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -