彼女はいつもただ一人を見つめている。
「…傷付くぐらいなら、最初から止めときゃ良かったのに」
呆れにも似た響きを持ったその言葉に、華奢な肩がびくりと震える。
それから、散々泣きじゃくって真っ赤に腫れた瞳で俺を見つめた。
「…それができたら私だってこんなに苦しみませんよ」
叶わない恋だということはわかっていた、彼女はそう言う。
じゃあ、何故おまえはあの人を好きになった?
何故、人間は誰かを愛さずにはいられないのか?
「……全く、面倒くせえな。恋愛ってやつは」
「………そうですね」
「…なのに、なんで嫌いになれねえのかな」
その言葉に、やっと止まったはずの涙が、彼女の蜂蜜色の瞳に再び溜まる。
「……どうして、好きになっちゃったんだろう…、こんなに苦しいならあの人と出逢いたくなかった、」
嗚咽混じりに吐き出される言葉。
ああ、そうだな。俺も、そう思うよ。
「……なのに、どうして好きになっちゃうのかな、」
いつもただ一人を見つめている彼女が、好きだった。その瞳に俺が映ったらな、と何度願ったことだろうか。
俺は、たしかに彼女に恋をしていた。
「……芽衣、」
柔らかな頬を伝う涙を指で拭って、彼女を見つめる。
ーだったら、俺を選べばいいのに。
思わず口から出そうになったその言葉を呑み込む。
結局のところ、彼女はどんなに傷付いてもあの人のことを愛していて、そんな彼女を好きな俺もずっとこの叶わない恋に終止符を打つことなんてできやしないのだ。
まあ、それでもいいか。
そう思う俺も、彼女もきっと幸せになんかなれやしないのだろう。
(ならば、この悲劇的な喜劇を最期まで演じきってやろうじゃないか)