その指先で触れてほしかった 



その指で触れてほしいと思った。


「…春草さんは、絵が好きなんですね」
「……まあ、嫌いではないよ。好きじゃなきゃ、やってないと思うし」

彼が描き上げた美しい絵を見つめてそう言うと、春草さんは相変わらずの無表情と淡々とした口調で答えた。

「…私、春草さんの絵、好きです」
「……それは、どうも」

私は春草さんの絵が好きだ。
絵を描いている春草さんが好きだ。
春草さんが、

「……………」
「…ねえ、どうして君は急に黙るのかな」

若草色の瞳が私を見つめる。
彼の瞳の中に、私が映っている。

「…君は、いきなり黙り込むよね。いつも」
「……そうですか?」
「うん。ぼんやりし過ぎなんじゃないの」

そっと、彼の指が私の髪に触れた。

「……っ、」
「…君が黙り込む度に、どうしていいかわからなくなる」
「…春草さん、」

春草さんの細くて白い、綺麗な指が私の髪を撫でる。
あんなにも美しい絵を描く、彼の指が。

今、私に触れている。

「…春草さんは、酷いです」

彼の瞳はどこまでも静かに私を見つめている。

「…春草さんは、私のことを好きにならないくせに、酷いです、」
「…………」
「お願いですから、期待させないでください、」

春草さんの顔が見れない。
鼓動が速い。胸が、苦しい。
私は、春草さんのことが、

「……酷いのは、君の方だろ」

彼の指が髪から頬へと移る。
するりと頬を撫でられた。

「…君は、いつか俺の前からいなくなるくせに、」
「………私は、」
「もういい。何も聞きたくない。聞きたくないよ、」

私が答える前に彼に強く抱き締められた。
その細い身体のどこにそんな力があるのかと思うくらい、強く、強く抱き締められた。

「…春草さん……」

温かい。彼の温もりが心地好い。

いつか、私はこの温もりも全て忘れなくてはいけない日が来る。

だけど、私は春草さんを愛してしまったのだ。

「…春草さん、私、」
「……何も言わなくていいから、だから、今はこうして君を抱き締めさせて」
「…………」

吐息混じりの彼の声を聞いた時、私はひどく泣きたい気分になった。

たぶん、春草さんは泣いていた。



(あの綺麗な指で触れられるだけで良かったのよ)
 
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