そして貴方は微笑んだ 



鴎外さんにはいつだって感謝している。

例えば、私みたいな得体の知れない小娘を屋敷に居候させてくれたこととか、どこまでも親切で紳士的な振る舞いとか、私を好きになってくれたこととか。
鴎外さんにはどれだけ感謝したって、足りないくらいだ。



「だから、鴎外さんに恩返しをしたいんです」

私の言葉に、鴎外さんはその微笑みの絶えない端正な顔に珍しく驚いた表情を浮かべた。
それから書きかけの原稿を放って、まじまじと私の顔を見つめる。

「芽衣、一体どうしたんだい?」
「私、鴎外さんにはずっとお世話になってばかりで、だから少しでも恩返しをしたいんです」
「…ほう」

長い指が手にした万年筆をくるりと回す。
鴎外さんは興味深そうに私を見やり、楽しそうに口角を僅かに上げた。

「恩返しといっても、おまえは何をするつもりなんだい?」
「えーと…その内容を鴎外さんに考えてもらいたいんです」
「ふむ…何でも良いのかい?」
「私にできることなら何でも良いです。あ、でも今すぐ此処に大量の牛肉を出せとか言われてもそれはできませんけど」
「ははっ、おまえじゃあるまいしそんなことは言わないよ」

鴎外さんは顎に手を当てて考える仕草をする。
この人はこんな何気ない仕草すらさまになるのだからずるい。

「じゃあ、フィアンセではなく、僕の妻になってくれないか?」

いつもの柔和な笑みを浮かべながら、鴎外さんはそう言った。

「………え?」

瞬きを何度も繰り返す。
鴎外さんを見つめると、黄金色の瞳が真っ直ぐに見返してきた。

「おまえと夫婦になりたいと言っているのだ」
「………私と、ですか?」
「おまえは僕に恩返しをしたいのだろう?ならば、僕の妻になりなさい」

鴎外さんが私に近付いて、そっと髪を撫でた。
優しい瞳が私を見下ろしている。

「…こういう言い方は狡いな」
「…私で、良いんですか?」
「芽衣以外考えられない」
「…本当に…?」
「ああ、本当に」

背中に鴎外さんの両腕が回されて、ふわりと抱き寄せられる。

「…鴎外さん、心臓の音がすごいです」
「ははっ、僕も人間だからね。一世一代のプロポーズは緊張するよ」
「…鴎外さんに恩返しをして喜ばせたかったのに、逆に私を鴎外さんが喜ばせてどうするんですか」
「おまえが喜んでいる姿を一番近くで見れることが僕は一番嬉しいのだ」

ああ、もうなんて愛おしいの。
嬉しくて幸せで、どうにかなってしまいそう。

「鴎外さん、大好き。ずっとずっと傍にいたいです」
「ああ、そうしなさい。僕も芽衣を愛してるよ」

そして貴方は微笑んで、私を強く強く抱き締めた。






鴎外さん誕生日おめでとう!
 
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