100回目 



「俺の嫁になれ!」

初めてそう言われたのは、入学式だった。所謂、プロポーズ。
他の生徒とは明らかに違う汚れ一つない真っ白な制服に身を包んで、金色の髪の彼は自信に満ちた笑みでそう言い放った。
公開処刑も良いところで、恥ずかしさと驚きの中、丁重にお断りした。
彼の第一印象は変な人、だった。


「俺の嫁になれ!」

32回目のこの台詞は、休み時間に職員室で授業でわからなかった箇所を土方先生に質問している時だった。
通りすがりの原田先生は苦笑していて、土方先生は「邪魔すんな!」と怒鳴っていた。それでも彼はそんなこと気にも留めず、相変わらず自信満々な笑みを浮かべていたのだ。
その頃には、この変な人の名前は風間千景で、留年を繰り返している学園の生徒会長、ということくらいは知っていた。彼は、やっぱり変な人だった。


「俺の嫁になれ」

51回目のこの台詞は、帰り道に私が知らない男の人達に絡まれているところを助けてもらった時だった。
男性達がいなくなってもまだ震えていた私の手を取って、送ってく、なんて彼は言った。初めて触れたその手は、思ったよりも大きくて温かかった。
なんとなく気まずくて、「今日はいつもの台詞、言わないんですね」なんて冗談半分で言うと、彼は真面目な顔でいつもの台詞。
この人もこんな表情するんだな、なんて思った。


「俺の嫁になれ」

84回目は、初めて彼と二人で出かけた時だった。たぶん、デート。
その日は雪の散らつく寒い日で、繋いだ手は相変わらず大きくて、手袋越しにも関わらず温かく感じた。
私を見つめる瞳は真っ直ぐで、優しくて、思わず繋ぐ手に力が入ってしまった。
この時にはもう、この人が穏やかに笑うことや、実は真面目で誠実な人だということを知っていて、私は彼の言葉を冗談だと受け流すことができなくなっていた。


「俺の嫁になれ!」

そしてこの台詞を聞くのはこれで100回目。今日は彼の卒業式の日だった。
昇降口で卒業生が先生や後輩との別れを惜しんだりしている中、彼は人込みをかき分けて私の元へとやって来た。その手には、赤い薔薇の花束。
普通先輩は花束を贈られる側なんじゃないかなあ、なんて思っていると、彼は私の前に膝まずいて、そしていつものあの自信に満ちた笑みであの台詞を言った。

周りの人達は、好奇や呆れの視線で私達を見ている。この恥ずかしさは入学式を彷彿とさせるものだった。
彼を見つめると、真っ直ぐな瞳と目が合った。そんな彼を見ていると、ああ、もうなんかいいかな、なんて思った。
だって、私はこの人のことを嫌いじゃない。

花束を受け取り、彼の顔を見つめる。素直に受け取るとは思っていなかったのか、彼は少し驚いたような表情をした。ああ、貴方もそんな顔するんですね。

「よろしくお願いします、風間先輩。…いえ、私の旦那様」

風間先輩は変な人だ。だけど、それ以上に優しい人だということを、100回にわたるプロポーズを通して私は知っている。知ってしまったから、私はこの人の傍から離れることはできない。一回一回のプロポーズを事細かに覚えている時点で、もうその理由の答えは出ていたんだな、なんて今更思った。
たぶん、いや、きっと、私はこの人のことを好きになっていたのだろう。

私の言葉に、切れ長の瞳が見開かれる。それから、私が再び口を開く間もなく、勢いよく立ち上がった彼に抱き寄せられた。
周囲の空気がざわついたのがわかった。ああ、もう恥ずかしいな。でも、彼を振り払えないくらいには、私はこの人の腕の中が心地好いと思ってしまっているみたいだ。

「よろしくお願いしますね」
「……おまえを、必ず幸せにする」

耳元で囁いた言葉に、力強い響きを持った返事。ああ、きっとこの人の言葉は現実になるんだろうなあ。
背中に腕を回すと、さらに強く抱き締められた。

「…風間先輩も、一緒に幸せになるんですよ」
「…そうだな、千鶴」

穏やかな声と、温もり。私は、この人を一生大切にしよう。
お父さん、天国のお母さん、千鶴はこの人のお嫁さんになって幸せになってきます。

 
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