悲しいくらいにあなたは美しい 




それは怨嗟の瞳だった。血の池の中で地に伏す男の瞳は真っ直ぐに僕を捕らえ、今にも殺してやるとでもいうような、そんな瞳で僕を見つめている。あーあ、一発で仕留められなかったか、なんてことを思いながら僕は男に向かってもう一度、刀を振りかざした。




夢を見た。
まだ僕が剣士だった頃。僕が新選組の刀だった頃の夢。
じっとりと汗をかいていて酷く気持ち悪い。隣で眠る千鶴を起こさないようにそっと起き上がろうとすると、嫌な音の咳が込み上げてきて慌てて口を掌で覆った。安らかな寝息を立てる彼女に気付かれぬよう、なんとか咳を呑み込む。口の中は鉄の味がした。
口を覆っていない方の手で枕元の懐紙を手にとって、喉の奥にまとわりつく血の塊をそこへ吐き出す。

ーーこれが、僕の末路か。

散々人を殺してきた。奪ってきた命の数なんて、覚えていない。そんな僕だから、当然と言えば当然の結末だ。

寝息を立てる千鶴へと視線を落とす。
僕が斬った人達にも、きっと、妻や子供や、大切な人がいたのだろう。そんなことわかっていないわけではなかった。けれど、隣にある愛しい寝顔を見て、らしくもなくそんなことを思って僕の胸は少し痛くなった。

「……総司、さん…?」

寝ていたはずの千鶴が、薄く目を開けて眠たげな表情で僕の名前を呼ぶ。
ああ、起こしちゃったね、と柔らかな黒髪を撫でると、彼女はもう一度僕の名前を呼んだ。

「……どこか具合が悪いんですか」
「…ううん。ちょっと目が覚めちゃっただけだよ。起こしてごめんね」
「…いいえ、大丈夫です」

彼女のこういう優しさが僕は好きで、少し苦しい。本当は全部わかっているくせに。何も知らないふりをしてくれる彼女の優しさが痛い。

「…総司さん」
「ん?」
「…傍に来てください」

彼女にしては珍しい発言に僕は目を瞬いたが、はやく、と急かすような瞳に笑いながら僕はもう一度布団を被る。華奢な身体を引き寄せて、温もりを感じる。

「千鶴はあったかいね」
「総司さんもですよ」

白い額や鼻、頬に唇を落とすと、彼女は擽ったそうに笑う。僕もつられて笑うと、千鶴の小さな手が伸びてきて、ゆっくりと僕の頬を撫でる。

「総司さん」
「なあに?」
「総司さん」
「…ふふ、今日はよく僕の名前を呼ぶね」
「……こうして総司さんを呼ばないと、いなくなってしまいそうで」

無邪気に、けれど寂しそうに笑う千鶴に、僕は何も言えなくて曖昧に笑うことしかできなかった。
ごめんね。いなくなってしまいそうで、じゃなくて、僕はもうすぐいなくなるんだよ。そんなことを思ったけど、言えなかった。言えるわけがなかった。そんなこと、彼女が一番わかっている。僕の存在を確かめるように何度も名前を繰り返す千鶴が、どうしようもなく愛しくて悲しかった。

「……ごめんね、千鶴」

呟いた言葉は彼女の耳に届いていただろうか。たぶん、いやきっと、届いていた。彼女は僕の懺悔を聞こえないふりをして、僕は泣きそうな彼女の表情を見なかったふりをする。

ごめん。ごめんね、千鶴。謝ることしかできなくて、ごめん。君と生きることができなくてごめん。
ふと、脳裏に夢の中の男の表情が浮かんだ。憎々しげに僕を見つめる男が、ざまあみろ、と言っているようだった。

千鶴の髪を、肩を、頬を撫でる。口付けを落とすと、彼女はひどく綺麗に笑った。泣いてるようにも見えた。
あの頃に使った刀で、今すぐにでも彼女の頭を落として、一緒に彼岸へと連れていけたら、僕も彼女も幸せだったのだろうか。

でも、結局のところ僕はそんなことはできなかった。優しい記憶が、彼女を蝕むとしても、僕が彼女を愛さずにはいられなかったのと同じように。
ごめんね、千鶴。ごめん。君の存在が僕の心を苦しくする。だけど、生きてほしい。僕のことを忘れないでほしい。君を愛して、ごめん。

小さな肩に顔を埋めると、優しく頭を撫でられた。総司さん、と僕の名前を紡いだ彼女がどんな表情をしていたか、僕にはもうわからなかった。

 
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