草葉の陰にて 



※微死ネタ




「ねえ、はじめ君聞いてくれるかな」

そう言って語り出した総司の声は穏やかに凪いでいた。

「千鶴ちゃんはね、とっても馬鹿な子なんだ」
「………雪村は、あんたに懸想している」
「うん、知ってるよ。こんな僕のことを好きだって言ってくれた。だから馬鹿なんだよ。馬鹿で、可哀想な子」

俺は総司を黙って見つめる。頬は痩けて、身体も随分と細くなっている彼は、もう今すぐにでも彼岸へ連れて行かれそうな、そんな儚い空気を纏っていた。
医学の心得も何もない素人の俺の目から見ても、彼の先はそう長くはないことくらいわかる。

「僕は、もうすぐ死ぬ」

そんな俺の視線を受けて、総司は明瞭な口調でそう言い切った。
投げやりになっているわけでもなく、彼はただいつものようにどこか達観したような目をして笑う。

「死病に蝕まれて僕には未来も何もない。剣を握ることだってもうできないし、自分で起き上がることすら辛いんだ。だけど、彼女はそんな僕を好きだと言ったんだよ。綺麗な涙を流しながら、そう言ってくれた。優しくしたことなんてなかったのに。意地悪してばっかだったのにね」

本当に馬鹿な子でしょう、と総司は目を細めた。
雪村が総司のことを想っていたのは知っていた。総司にとっても雪村は特別な存在だったのだろう。彼女は、直視するには眩しいくらいの真っ直ぐな想いを総司に向けていた。彼女は、どこまでも綺麗で真っ直ぐな少女だった。

「はじめ君、あの子のこと好きだったでしょ」
「…………」
「本当はね、はじめ君に千鶴ちゃんのことあげようと思ってたんだ。僕みたいな男が彼女を幸せにできるはずなんてなかったから」

でも、と総司が続ける。新緑を思わせる二つの瞳が俺を真っ直ぐに見据える。

「やっぱりやめた。はじめ君にも、誰にも、あの子はあげない。本当は一緒にあの世まで連れて行きたいけど、もう刀も重いし、彼女には生きてほしいと思うし。死ぬまで僕のことを想って生きていけばいいよ。それで僕は向こうの世界から、涙を流す彼女をずっと眺めるの。優しくする方法なんてわからないから、僕は最期まであの子にとって酷い男のままでいい。彼女の一番になれて、僕のことを覚えていてもらえるならなんだっていいんだ」

総司は穏やかに笑いながら、そう言った。
死ぬ人間の表情には見えなかった。

俺はそんな総司を見つめながら、拳を強く握り締めた。今すぐにでも、この男を斬ってやりたい、そんな衝動に刈られた。
ああ、全くなんという男だ。彼らしいといえば彼らしかった。死をもって、彼女の心に己を深く深く刻みつけようとするなんて。
まるで彼女の心は永遠に自分のものだとでも言うように。

それでも俺は総司を憎むことなどできやしなかった。
それが、同じ新選組の刀として生きてきたからなのか、彼女が愛した男だからなのかはわからなかったけど、俺は衝動のまま総司を斬り伏せることはできなかった。

ーああ、でも、俺が求めても手に入れることのできない彼女の心を彼岸にまで持って行ってしまうなんて、やっぱり憎らしい男だ。
そして何が一番憎らしいかは、この男は俺のそんな感情もすべてお見通しだということだ。

「…あれ?はじめ君、もう行くの?」
「…ああ」
「僕は君が羨ましいよ。僕も、戦場で死にたかったな」
「俺は死ににいくのではない。生きるために、戦うのだ」
「…そう」
「……それに、俺はあんたの方が羨ましい」
「……ふうん。それじゃあね、はじめ君」

これが、俺と総司が交わした最後の会話だった。
俺は彼の顔も見ないまま、襖を開けて部屋を出た。総司があの時どんな顔をしていたのかは俺にはわからない。

庭の桜はもう既にほとんど散っていた。
あの桜がすべて散る頃、きっと彼女はひとりの男を偲んで泣くのだろう。そうして男の思惑通り、心まですべて永久に彼のもとへ行ってしまうのだろう。
生きている間くらいは俺も彼女のことを想っても許されるだろうか。彼女が総司を想うように。

俺はそんなことを少し考えて、また一歩足を踏み出す。生温い春の風が俺の頬を優しく撫でていった。

 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -