愛執染着 




※色々注意
女装、後味悪い








世の中には決して人には言えないことも、一度それを口にしたのならば人生詰んだどころの騒ぎじゃないことも沢山ある。そして、オレの行為もたぶん、そういった類いのものなのだろう。
善悪の基準なんて大雑把過ぎてオレにはよくわからないが、自分のこの行為は世間から見たら正しいとは呼べないはずだ、きっと。つーか、世間ってなんだ。誰だよ。

そんなことを考えながら、黒いロングのウィッグをそっと付けて、それから鏡の中を覗き込む。
木製のスタンドミラーに映るのは、黒いセーラー服を身につけた骨ばった身体と、長い黒髪。男と呼ぶには身体が小さくて、女と呼ぶには曲線の無い身体。しかし、硝子の向こう側でオレを見つめているのは紛れもないオレ自身だった。



初めてスカートを履いたのは五歳の頃だった。
幼稚園のお遊戯会で妖精役が足りなくて、身体の小さかったオレがフリルのたっぷり付いたスカートを履いて、妖精の舞だかなんだかわからないものを踊った。本当は幼馴染みの女の子がお姫様役だったから、王子様の役をやりたかったのにな。

その次は小学二年生の時だ。両親二人がしばらく家を開けるということで、叔母さんがオレの面倒を見てくれることになった。この叔母さんは昔から面識のある人で、優しくて綺麗な人だった。まあ、だけど人間誰しもが他人には言えないことがあるわけで、この叔母さんの性癖も中々なものだったのだ。
この叔母さんが家に来てまず最初にオレにやったことは女装だった。やっぱり同年代の男子よりも一回り身体の小さいオレはよく女子に間違えられたりした。そのせいだったのかもしれないけど、レースのピンクのワンピースを着せられ、ロングのウィッグを付けられ、おまけに下着まで女子のものを強要された。他にも口に出すことも嫌になるようなことも色々やられた。全く、良い歳したおばさんが何も知らないガキにやることじゃねえよな。ああ、思い出しただけでもきもちわりー。

そしてその次は幼馴染みに初めて彼氏ができた時。あれは、中学二年生の時か。彼氏はオレの友達だった。なんでオレじゃなくてそいつなんだよ。オレはずっとおまえのことが好きだったのに。あーあ、あいつのこと紹介なんてしなきゃ良かった。だけど、臆病で自分が大切なオレは、彼女に告白することも友人と絶交することもできずに、今も二人のオトモダチでいる。
けれど、彼女のただの幼馴染みでいることを選んだその時から、オレは彼女の格好をするようになった。

どこで何がおかしくなったのかはわからない。お遊戯会の時からなのか、叔母さんに女装させられた時からなのか、それとももっと違う時からなのか、オレにはわからなかった。
ネットで買い漁ったウィッグも女物の洋服も全部、彼女が身につけていそうなものを選んだ。押し入れの中に隠したオレの秘密を見たら、あいつはどんな顔するんだろうな。

鏡に映る自分の輪郭を指でなぞる。暗い瞳がオレを見つめている。

最初は、本当に女のようだったんだ。中学生になっても相変わらずオレは小さかったし、まだ筋肉もそこまでついていなかったから。鏡の中には、オレのものにならなかった彼女がいた。
オレはそれだけで良かった。現実の世界では彼女は他の男のものになってしまったけど、オレが自分から目を逸らさない限り、鏡の中にはいつだって恋い焦がれた彼女がオレを見つめていた。それだけで、幸せだった。

だけど、今、鏡の中にいるのは彼女ではなくて、女の格好をしたオレだった。
高校生になってから、少し運動をするだけで筋肉がつくし、背も伸びた。女物の服はどんどん着れなくなって、それらは押し入れの中で眠っている。
今、オレが唯一着ることができるこのセーラー服の寿命も、あとどれだけなのだろうか。オレはもう、彼女になることができない。

「…はは、似合わねえな」

鏡の中のそいつは、泣きそうな顔でオレを見ていた。やっぱり、そいつにはもう彼女の面影なんて少しも残っていない、ただのひとりの男だった。
くるしい、くるしいんだよ。オレはどうすればいい。お遊戯会も王子様の役をやっておまえと手を繋ぎたかったし、小学生の時だってこわくてこわくて誰かに助けてもらいたかった。本当はあいつじゃなくて、オレを選んでほしかった。おまえと手を繋いで、笑いあって、好きだと伝えたかった。
なあ、オレをたすけてくれ、千鶴。


 
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