彼女の終末論 




※注意





沖田さんに私の何が気に入らないのかと問うと、存在そのものが気に入らないと返された。
ああ、そうですかそうですか。父様、私は自身の存在を殿方に全否定されてしまいました。
まあ、とにもかくにも彼は私という存在が目障りで仕方ないらしい。



「…ねえ、千鶴ちゃんっていつ死ぬの?」
「沖田さん、今日は良い天気ですよ」
「ねえ、教えてよ。いつ死んでくれる?」
「私は長生きすると思いますよ。図太いので」

にっこりと笑ってそう返せば、沖田さんは「あっそ」とつまらなそうな顔。
全く、行動の一つ一つが憎々しいお人だ、と心の中で毒づく。土方さんの苦労が少しはわかったような気がした。

「沖田さん、そんなに私がお嫌いですか」
「嫌いというか、気に入らない。君という存在が気に入らない。千と鶴っていう文字を見ただけで頭が痛くなってくる」
「それは大変ですね」
「他人事だね」
「だって他人事ですし」

私の言葉に沖田さんは益々つまらなそうに顔をしかめた。
私はそれに気付かないふりをして、襖をそっと開いた。
初夏の、爽やかな風が室内へと舞い込む。

「ちょっと、勝手に開けないでよ」
「空気の入れ換えです。いつもこんなに締め切った部屋の中にいるから沖田さんの性格が悪くなるんです」
「僕はもともと性格悪いけど?」
「あら、自覚していたんですか?」
「まあね」

緑の風が、私の髪を、彼の髪を揺らす。鳶色の柔らかそうな髪の隙間から、小さな汗の粒が見えて、私は手拭いでそれを拭う。
彼は何も言わずに、静かに目を伏せて私のされるがままだった。

明らかに痩せた身体に、削げた頬。以前よりも鋭くなった輪郭と、達観にも似たその眼差しが彼の未来を物語っていた。

「沖田さんはいつまで生きているんですか?」
「あと少しだけ、ね。たぶん、夏が来る前には死んでるんじゃない?」
「…他人事ですね。ご自身のことなのに」

そう言えば、沖田さんの口角が僅かに上がった。
私には死ぬ前の人間の気持ちも、彼の気持ちも到底理解できなかった。

「沖田さんは私にさっさと死んでほしいですか?」
「…そう思ってたけど、あの世にまで行って君の顔なんて見たくないしなあ」
「奇遇ですね、私もです」
「だから、僕はもうすぐ向こうに行ってくるけど、君はもう少し長生きしてくれない?そうだなあ、例えば君がしわしわのお婆さんになるくらいまでこっちで生きてくれると助かるよ」
「最初からそのつもりですよ」
「その減らず口なんとかならない?まあ、もうすぐ聞かなくていいと思うと清々するけど」

沖田さんは、やっぱり私の存在そのものが気に入らないらしい。別に私も彼に気に入られたいわけでもないし、いちいち傷付くほど幼くも、何も知らないわけでもなかった。

「千鶴ちゃん」
「なんですか?」
「君のことは本当に、心の底から気に入らないけど、でも、別に嫌いじゃなかったよ」

風は、吹いている。
私と彼の世界は緩やかに、けれど確かに終わりへ向かっていた。

「…私は、沖田さんのこと好きですよ」
「うん、知ってる。だから、気に入らないんだ」

本当に気に入らない、馬鹿な子だね、と沖田さんは小さく笑った。私はそれを見て、少しだけ泣きそうになって、もう一度彼に馬鹿な子だと、笑われた。


それは、爽やかな風が吹く初夏のことであった。



 
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