罪の数え方 





あいつはいつも他人のことばかりで、自分のことは後回し。理不尽な状況にも仕打ちにも涙のひとつ流すことなく、微笑んで、ただ直向きに自分のできることをやろうとする、そんな女だった。

だから、俺は心の何処かであいつは泣かない女だと思っていた。強い奴なんだと、思い込んでいた。



「…っ、どうして、あの人なんですか、…」

ぽろりぽろりと大粒の雫が琥珀色から零れ落ちた。俺の目の前で泣きじゃくる女は、俺のよく知っている、だけども見たこともない表情をしていた。

「どう、して、…沖田さんが、死ななきゃいけないんですか…、」

震える赤い唇が紡ぐ言葉はどこまでも弱々しかった。目元は真っ赤に腫れて、柔らかな曲線を描く頬は濡れている。透き通ったその雫はどこまでも美しくて、悲しかった。千鶴はぐしゃぐしゃになった顔を隠すこともなく、ただ涙を流し続けた。


屯所から離れて療養している総司のもとへ千鶴と二人で訪れたのはついさっきのことだった。
あいつが患っている病が死病である労咳だということはとっくに知っていた。だけど、どこかでいつもみたいに意地の悪い笑みを浮かべて相変わらずの減らず口を叩く総司を俺は想像していた。しかし、俺達を迎えた総司の姿は、まさに死ぬ間際の人間の姿だった。身体中の肉という肉が削げ落ちて、頬は痩けて、肌の色もまるで死人のように血の気が無かった。
唖然とした。否が応にも、総司がもうすぐ死んでしまうという事実を目の前に突きつけられた瞬間だった。
千鶴は聡い女であった。変わり果てた総司の姿を見ても表情ひとつ変えることなく、いつものように微笑んで、総司に接した。
今、思えば千鶴は総司のことが好きだったのだろう。そしてそれは総司も同じだった。

「…ねえ、左之さん。彼女のこと、よろしくね」

千鶴が席を外した時、至極真面目な顔をした総司が俺にそう言ってきた。俺は顔色の悪い総司の顔を見つめて、それから視線を反らしてもう一度奴の顔を見つめた。正直に言って、どう答えるべきかわからなかった。総司はそんな俺の考えを見透かしたかのように、少しだけ笑った。

「これは僕の遺言だから。ね、だから、お願い」

どこまでも穏やかな声だった。総司が、これから死んでしまう人間だなんて、俺には到底思えなかった。



「……どうして、ですか、」

総司に別れを告げて、外へ足を踏み出した瞬間だった、千鶴が泣き崩れたのは。部屋を出た時に、華奢な肩が小刻みに震えていたことは知っていた。だけど、俺は彼女が泣く姿をこの時初めて見たのだ。

「沖田さん、…っ、」

千鶴は強い女だ。だけど、最後まで自分の気持ちを押し殺して演技できるほど器用でも強くもなかった。

親をなくした幼子のようにわんわんと泣きじゃくる千鶴に俺は何もできなかった。ただ、震える小さな肩に手を置くことしかできなかった。
彼女の流す涙はどこまでも美しくて、悲しかった。

なあ、総司。なんでおまえなんだよ。千鶴を置いて死ぬのも、千鶴が涙を流す理由も、なんでおまえなんだ。どうして、総司を選んだんだ。総司が死ぬ理由なんてひとつも無かったはずなのに。あいつが今まで殺めてきた命の報いだというのなら、俺だって同罪だろう。なんで、総司だったんだ。

結局のところ、俺は無力な男だった。惚れた女の、弱さに付けこむことも、その涙を止めることだってできなかった。陳腐な愛の言葉や慰めならいくらでも知っている。だけど、こんなにぼろぼろな姿を見てそんなことを言えるはずがなかった。
ごめん、ごめん、千鶴。何もできなくて、ごめん。



(彼女のために泣いても許されるだろうか)



 
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