7分で恋に落ちた彼のハッピーエンド 





悲しいことかな。
それは、何百分の、何千分の、何万分の、何億分という確率だと思う。だって世界の人口が何人かわかる?更に言えばこの国の人口が何人かわかる?だから、そう、これは奇跡としか言いようがない。もう少しドラマチックに言えば、運命、とか。
だけど、この何億分の、何十億分の確率の中で起こった奇跡、若しくは運命とやらは相当に残酷なものなのかもしれなかった。こんなにも広い世界の中、地球で、僕達が再び出会ってしまったことは、もしかしたら、この世で二番目くらいに悲しいことかもしれないのだ。



「久しぶり、だね」
「ええ、そうですね、お元気そうで何より、」
「それは君こそ、」

二人の間に漂う空気は、再会を喜び涙を流して…なんて感動的なものではなくて、どちらかというと人見知りの人間同士の間に流れるような、なんとも気まずいものだった。現実はやはりドラマとは違うのだ。

「千鶴ちゃん、だよね?」
「そうです。貴方は、沖田さん、ですよね?」
「うん、そう。…えーと、あー、なんていうか、全然変わってないね」
「沖田さんこそ、全然変わってないですね」
「そうかな、」
「そうですよ」
「…………」
「…………」

はい、会話終了。この沈黙がたまらなく居心地が悪い。彼女は気まずそうに視線を僕から外した。僕だって気まずい。

僕と彼女の出会いは、二百年近く前に遡る。まだ、僕が僕ではなかった頃、彼女が彼女ではなかった頃の話だ。そう、つまり、簡単に言うと転生ってやつだ。僕も彼女も。悲しいことに、昔の記憶を持ったまま現代へと生まれてきてしまった。(そんな非現実的なことが起こるわけないとは頭の中ではちゃんと理解している。)

「…まさか、こんな所で会うとは思いませんでした」
「……本当だね」
「それと、沖田さんが私のことを覚えていたなんて、」

僕じゃないだれかの記憶の中には、いつも小さな少女がいた。どんなに意地悪をしても脅しても当たり散らしても、逃げることもしないでただ真っ直ぐな眼差しで僕を見つめる少女。小さな手の温もりとか優しさとかが、ずっと記憶に纏わりついていた。
(だから、会いたくなかったのに、)
何が悲しいことかって、それは僕と彼女が再び出会ったことに他ならない。言ってしまえば、僕は彼女に合わせる顔が無かったのだ。思えば、僕は彼女が好きだった。だけど、散々泣かせて傷付けておいて、また何事も無かったかのようにこんにちは、なんて真似はできるわけがない。自分がまともな人間ではないことは重々承知している。僕が唯一彼女に恩返しできる方法といえば、彼女と出会わないこと。それだけだったというのに。

「……忘れるわけないよ」
(忘れない、)

忘れることができたら、どんなに楽だっただろうか。気付かないふりも、知らないふりもできないくらいに、僕は彼女を鮮明に覚えていた。その仕草のひとつひとつも声も、全部全部。
ただひとつ違うことと言えば、今の僕は某コーヒーショップでアルバイトをする学生で、彼女は客として来た仕事帰りのOLだということくらいだ。

「……まさか、君が僕よりも年上だなんてね」
「…それは、こっちの台詞です」

彼女はそう言って、少し困ったように笑った。この気まずさを紛らわすためのものかもしれなかったけど、その笑い方はあの頃と何も変わっていない。頭の中で警報が鳴り響く。駄目だ。駄目だ。僕は好きになってはいけない。それが僕にとっても、彼女にとっても一番幸せなのに。お願いだから、そんな風に笑わないで。

「……あのさ、あと少しでバイト終わるから店で待ってて、」
「え?」

断ってくれたら良かった。いつまで経っても我が儘で、自分の欲望にどこまでも忠実な僕のお願いなんて、断ってくれたら良かった。

「…わかりました、待っています。お仕事、頑張って下さい」

なのに彼女はあまりにも優しく微笑う。
ねえ、信じてもいいのだろうか。この非現実的で、何とも悲劇的なこの再会を、僕は運命と信じても良いだろうか。もう一度だけ、彼女を好きになってしまって良いのだろうか。
理屈とかそんな難しいことは関係無しに、僕は彼女に惹かれていた。今度こそ悲しい物語に終止符を打ってやるのだ。
だって、僕達はまだ出会ったばかりだった。

 
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