僕が死ぬ少し前のお話 





骨と皮ばかりのこの身体では刀を持つことさえ億劫で、戦うことなどとっくの昔にできなくなっていた。
そのうち、刀を振るうこともできないこんな死に損ないの身体では、息をすることさえも億劫になっていた。
ねえ、お願いします。僕を戦場へ戻してください。戦わせてください。もしも、それが叶えられないのならどうか、どうか僕を死なせてください。だって、僕はあの人のために。



「…諦めることは、絶対に許しませんから、」

強い意志を持った声だった。喀血したせいで真っ赤に染まった僕の手を、強く強く握りながら彼女は、そう言った。
彼女の顔を見つめると、その琥珀の瞳が真っ直ぐに僕を見据えていた。泣き虫のくせに、こんな時ばかり彼女は泣かない。射抜くような鋭い視線が僕を捕らえていた。

「私がいる限り、沖田さんに諦めることなんてさせません」

華奢な肩は僅かに震えているようにみえた。彼女は怒っているのだろう。初めて見た彼女の表情が、感情が、少しだけ嬉しかった。それと同時に、ほんの少し苦しかった。

「沖田さんの剣は、新選組のためのものです。貴方自身を殺すためのものじゃない」
「………ごめん、」
「…酷なことを言っているのもわかっています。沖田さんの気持ちだって少しはわかります。だけど、どうかお願いです。諦めないで、」

語尾が少し震えたと思ったら、突然、彼女の瞳からひとつ透き通った雫が零れた。ゆっくりと頬を伝うそれは、あまりにも美しくてそのまま地面に落ちてしまうのはなんだか勿体無い気がした。
ぱたりと血で汚れた布団に吸い込まれていく雫を見つめて、僕も彼女もぎりぎりのところで生きているのだと悟った。
か弱くみえて、強い少女だと思っていた。だけど、それは違う。強いふりをしていなきゃ、彼女だって生きていけなかったのだ。精一杯強がって、擦りきれた精神をどうにかして折れないようにしていただけだ。彼女は強くない。ただの、普通に生きるはずだった少女だ。

「……ごめんね、千鶴ちゃん」

一体、何に対して謝っているのか僕自身、たぶん彼女もわかっていなかった。だけど、謝らなければいけないと思った。ゆるしてもらいたかった。僕も、僕自身が思う以上に強くはなかった。

僕を見つめる真っ直ぐな眼差しがある限り、僕はきっと諦めてはいけないのだろう。どんなに地面を這いつくばっても、生きなければならない。僕の手を握る小さな手がそれを語っていた。そう、つまりは彼女がこうして僕を信じてくれている限りは、僕は死ねない。彼女が死なせてはくれない。

「…………ごめん、」

もう一度口にした言葉はこの世界に残ることはなくて、静かに溶けていった。互いをいたわるように、寄り添うように、僕達は生きている。それが悲しいことなのかはわからないけど、だけど、せめてこの残された時間くらいは彼女のために使っても良いと思ったのはたしかだった。
そっと濡れた彼女の頬に唇を寄せる。僕が死ぬ少し前のお話。

 
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