「Love me do」 





(Some of them are in love, some have lost love and some are searching for love.)



女の子という生き物はよく泣く。
何かにつけてぼろぼろと馬鹿みたいに涙を流す。(まるで、壊れた蛇口のようだ)
男には一生女の気持ちなど、わかりっこない。いくら女性の扱いになれているどこかの体育教師だって、きっと女の人の全てなんてわからないと思う。



「…ねえ、いつまで泣いてるの?」

すんすんと鼻を鳴らして啜り泣く小さな少女の姿に、僕は盛大な溜め息を吐き出した。
あー、もう面倒臭い。とてつもなく面倒臭い。女の子って本当に面倒臭い!

「…私のことなんて、放っておいてください…!」
「泣きながら僕にすがりついてきたのはどこの誰ですかー。大体、こんな放課後の学校で啜り泣いてると、そのうち七不思議とか怪談になるかもよ」
「へ、変なこと言わないでください!」

やっとこさ俯いていた顔を上げて、きっ、と僕を睨み付ける(だけど、全然怖くない)彼女。
その瞳は泣いたせいか充血していて、瞼は少しだけ腫れていた。

「大体、フラれたくらいでそんなに泣くもの?別に世界が終わるわけじゃないんだし」
「沖田先輩にはわからないんです。私にとっては、世界が終わるよりも辛くて悲しい、」
「あーはいはいそうですか。…大体、はじめ君のどこが良いの?あんなのただの無口で無愛想で天然のスケコマシじゃん」
「……でも、真っ直ぐで、すごく優しいじゃないですか」

濡れた目尻を制服の袖で拭いながら、ぽつりと彼女は呟く。
うん、そうだね、はじめ君は不器用なくせにすごく優しい。僕のような人間にはきっと一生真似できないってくらい、彼は優しい。

「…ふうん、それで、千鶴ちゃんは諦めるの?フラれたって、絶対に振り向かせてやろうっていうガッツは無いの?」

僕の言葉に彼女の大きな瞳が僅かに見開かれて、それからじわりと琥珀色が水で滲み始める。
あ、これはまた泣くな。

「…あ、諦めることなんて、できるわけないじゃないですか…。でも、斎藤先輩には好きな人がいるって…、」
「え、はじめ君も人のこと好きになるんだ?はじめ君がアンドロイドっていう噂はやっぱり嘘だったのかあ。…あ、ごめんごめん、それで?」
「…私、自分の幸せよりも、斎藤先輩の幸せの方が大切なんです。…だから、私は斎藤先輩の恋を応援したいんです」

どこぞの聖女を気取っているのか、そんな阿呆らしいことを宣う千鶴ちゃん。僕はなんだか面白くない。
だけど、涙をはらはらと流しながら、意志の強い視線は真っ直ぐで、そんな彼女を僕は綺麗だと思ったのだ。

「でもさ、わからないよ?はじめ君もその人にフラれるかもしれないし。私、こんな堅物嫌ですー、って」
「斎藤先輩のことを嫌いになる人なんていないと思います」

はっきりと彼女は言う。
そんな千鶴ちゃんに僕は少し驚きながら、ますます面白くないと思った。

「…僕は、はじめ君のこと嫌い」

彼女の瞳がぱちぱちと瞬きを繰り返した。
戸惑ったような、困ったような表情を浮かべた彼女の視線が僕に突き刺さる。

「…沖田先輩と斎藤先輩って、幼馴染みなんですよね?」
「うん、そうだよ。まあ、竹馬の友、ってやつ?」
「じゃあ、どうして、」

そりゃあ、僕とはじめ君は三歳の頃から付き合いだよ。お互いの悪いところも嫌なところも、十分にわかりきっている。彼が堅物で冗談も通じないとっつきにくい人だけど、誰よりも真面目で誠実な人だということも、こっちが苛々するくらい不器用なくせして、すごく、ものすごく、優しいとか。もう、はじめ君のことは嫌になるくらいわかりきっているんだ。
たぶん、というか絶対に、千鶴ちゃんよりも、僕の方が斎藤一という人間を理解している。

「だって、千鶴ちゃんをこんなに泣かせたじゃん」

彼女の瞳から零れ落ちる涙を指先でそっと拭う。
濡れた長い睫毛がきらきらと輝いていた。

「好きな人を泣かせたはじめ君なんか、嫌いだよ」

彼女がひとつ瞬きをして、その瞳に溜まっていた水滴がぱたりと零れた。
あーあ言っちゃった。
もう知らない。わからない。もうどうにでもなれ。

「……沖田先輩」
「なあに?」
「…私のこと、好きなんですか?」
「…だからそう言ってるじゃん。悪い?僕が君のことが好きで」
「そ、そんなこと言ってないじゃないですか!なんか、もう、びっくりし過ぎて涙引っ込んじゃいました」

泣いて赤くなった目元をごしごしと擦りながら、彼女は小さく笑った。
ああ、もう本当に女の子ってわからない。
さっきまで鬱陶しいくらいにめそめそと泣いていたくせに、いきなり笑ったりするんだから。
本当に、謎の生き物だ。

「……今すぐに返事がほしいわけじゃないよ。だって、千鶴ちゃんまだはじめ君のことが好きなんでしょ?」
「…はい」
「でもさ、千鶴ちゃん。失恋から立ち直る方法のひとつとして、新たな恋をする、ってのが良いと思うんだよね」
「ああ、まあ、よく言いますよね」
「だから千鶴ちゃん、僕と恋してみませんか?」

なんて恥ずかしい台詞だ。
こんな台詞、土方先生になんかに聞かれたら鼻で笑われかねない。

「…っふ、…ふふ、」
「なに笑ってるのかなあ、千鶴ちゃん?僕は、本気なんだけど?」
「だ、だって、あの沖田先輩の顔がすごく真っ赤で、」
「千鶴ちゃんのばーか。人の一世一代の告白を笑うだなんて」

少し腹が立ったから、彼女の柔らかな両頬を左右にぐいっと引っ張ってやる。
千鶴ちゃんの馬鹿。ばか、ばーか!
好きな子に告白してるんだから、僕だっていっぱいいっぱいだっていうのに。

「や、やめひぇくひゃひゃい」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなひゃい」

素直に謝罪の言葉が出たことに満足して、僕はやっと彼女の頬から手を離した。
何するんですか!なんてぷりぷりと怒る千鶴ちゃんの頬は真っ赤になっていて、可愛いなんて思った。

「千鶴ちゃんがいけないんだよ?」
「もう、沖田先輩は意地悪です…!」
「はいはいすみませんね優しいはじめ君と違って意地悪で」
「……沖田先輩も優しいですよ?」

千鶴ちゃんの言葉に僕は目を見開く。
何言っているんだこの子。いやいや、それはない。自他共に認める老若男女問わず優しくない人間の、この僕が?いくらお世辞でも、優しいとは絶対に言い難い性格の僕が?

「たしかに先輩の性格は少しネジ曲がっているというか歪んでいますけど、でもこうして私の話を聞いてくれるし私を置いて帰ろうともしなかったじゃないですか」
「君が学校の七不思議になったら可哀想だと思ったからだよ」
「それに、先輩って優しいくせにそれを表に出すのが苦手ですよね。ほら、今みたいに」

ふふふ、と泣き腫らした目を細めて彼女は笑う。
よく変わる表情だなあ、と思った。泣いたり怒ったり笑ったり。
でも僕は、この面倒臭い女の子がたまらなく好きなんだ。

「…ねえ、手出してよ」
「…?なんですか?」

小首を傾げて差し出してきた彼女の右手を、できるだけ優しくとって、それから白い手の甲へ唇を柔らかく押し付けた。

「…傷心状態の君へ付け込むような真似だけど、でも僕は千鶴ちゃんが好きだよ。ずっと、ずっと好きだった」
「…沖田先輩、」
「だから、ちゃんと考えてね」

もう一度唇を手の甲へ押し付ける。
ああ、もう一体どこの少女漫画の王子様なんだか。恥ずかしくて死にそうだ。
だけど僕を見つめる彼女の顔が赤くなっていたのは、放課後の教室に射し込む夕日のせいだけではないことはたしかだった。

 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -