メイデンシンドローム 




※百合注意!
百合の意味がわからない人、百合が苦手な人はブラウザバック推奨。モブ女が普通に出てくる。千姫が色々ひどい。なんでも許せる人だけ閲覧推奨。









パールが控え目のアイシャドウをして、ビューラーでくるんと上向きにさせた睫毛にブラウン系のマスカラを付ける。
ああ、少しダマになってしまったかしら。
ぽんぽんとブラシでチークを薄くのせて、コーラルオレンジのリップで唇を色付ける。
髪が跳ねているところが無いか、スカーフは曲がっていないか確認して、私は立ち上がった。
学校指定の鞄を持って玄関を出ると、もう既に黒塗りの車が用意されていて、私は内心うんざりしていた。

「お気をつけていってらっしゃいませ」

菊が恭しく頭を下げるのを見て、私は小さく溜め息を吐いた。

「大袈裟よ、菊。それに車なんて必要無いわ」
「ですが、お嬢様は」
「ああ、もう、わかったわ。でも、今日の帰りは迎えは必要無いから。あの子に久しぶりに会ってくるの」

車に乗り込みながらそう言うと、菊はまあ、なんて言いながら微笑んだ。
初老の運転手が車を出す。
菊はもう一度恭しく頭を下げた。


窓を流れる景色を見つめると、近隣の学校の制服を着た生徒達が歩いている。
あ、あの制服はあの子の学校の制服だ。
あの子もいないだろうか。そんな淡い期待を持ってぞろぞろと気だるそうに歩いていく学生の列を見つめる。
少し羨ましい、と思った。
私もあんな風に朝の憂鬱を纏いながら友達とお喋りをして学校に行きたかった。
義理の妹である小鈴は、彼氏ができただとかで、なんとか菊に頼み込んでその彼氏と徒歩通学しているというのに、どうして私だけ。
菊は、私は鈴鹿家の跡取りであるから何かあってはいけない、間違いが起こってからからでは遅いと言って、毎日毎日こんな堅苦しい真っ黒な車で学校まで厳重に守られて送迎させる。
別にいいじゃない。跡取りになんかなりたいわけじゃないし、私が頼んだわけでもない。
私はもっと、普通の女の子のように生きたかったのに。



「千さん、おはよう」
「あら、おはよう」

下駄箱で靴を履き替えていると、クラスメイトに会った。
柔和な笑みと如何にも育ちが良さそうな振る舞い。どこかの財閥の娘だとかいったこの人の名前は、ええと、なんだっけ。普段そこまで仲良くもないし、クラスメイトになんか少しも関心も無いせいか、咄嗟に名前を思い出せずに私は当たり障りのない挨拶を交わした。

「そのリップ、良い色ねえ。千さんによく似合っているわ」

彼女の視線が私の唇に注がれる。
リップのことを褒められているのだと理解して、私は嬉しくなって、にっこりと笑みを浮かべた。
ああ、やっと彼女の名前を思い出せた。

「ありがとう。このリップ、友達からのプレゼントなの」
「あら、そうなの?センスの良いお友達なのね」

微笑を浮かべるクラスメイトを見つめた。
整えられた眉に、大きくも小さくもない瞳に添って引かれたアイライン、ピンクとホワイトのパールが入ったグロスは彼女に似合っていた。
それから、膝よりも少し上の紺色のスカートから覗く、ほっそりとした白い脚へと視線を落とした。
なんとなく、あの子を思い出した。


授業中も、私はあの子のことを考える。
神経質そうな音楽教師の言葉を右から左へ聞き流して、ぼうっと教室内に流れる音楽へ耳を傾けた。
この曲はなんだっけ。あ、そうだ、シューベルトの『死と乙女』だ。ドイツ語の美しい歌声。死を恐れる乙女に、死はおまえの友達だ、おまえを安息に導くのだ、なんて語りかける死神。馬鹿な乙女ね。ふと、もしも、あの子が死んだとしたらそれはそれは綺麗な死体なんだろうと思う。
音楽教師がまた何か言っている。こんなにも美しい曲なのに、喧しい教師はべらべらと言葉の羅列を並べる。
退屈な授業だと思った。



一日の授業を終えて、私は急いで下駄箱へと向かう。
駅前で待ち合わせをした、あの子に早く会いたい。
早く、早く、早く。

「鈴鹿さん」

ぴたり、と私の足が止まる。
振り返ると、華奢なすらりとした身体と、綺麗な笑みを浮かべた見覚えのある人が立っていた。
ああ、あれだ。同じ委員会の先輩だ。
まるで人形のように整った先輩の顔に浮かぶ笑みを見て、なんとなく嫌な予感がした。

「ねえ、時間はある?」
「すみません、急いでいるので」
「鈴鹿さん、少しだけでいいからお話しましょうよ」

優雅に歩み寄ってきた先輩から逃げる間もなく、腕をとられる。
やけに甘ったるい香水の匂いが鼻につく。
面倒くさいことになったと、心の中で盛大に舌打ちをした。

女子校には、やっぱり男よりも女の方が好きだと言う人間も少なからず、いる。
先輩も、そういう人間の一人だった。
周りよりも目立つ美貌は、女の私から見ても美しいと思う。ただ、私は彼女の誇るその美貌よりも、長い艶のある黒髪に目を惹かれたのだ。

ある時、なんでかはわからないけど、委員会の仕事をこの先輩と二人でやっていた時に、私は先輩に誘われたのだ。
直接的なことは何一つ言ってこなかったけれど、長い睫毛に縁取られた瞳を細めて、プラムピンクのぽってりとした唇を三日月型にして、私を誘った。
はっきり言ってどうでも良かったのだけれど、彼女の美しい黒髪があの子に被ったので、つい私も少し遊んでしまったのだ。
細い髪を撫でて、笑みを浮かべて、少しだけ甘い言葉を吐いてやっただけなのに。
それが、こんなことになるなんて。あの時、無視すれば良かった。

先輩に腕を引かれて、今は使われていない教室へと押し込まれた。
それから絡み付くようにしなだれかかってくる柔らかい身体と、相変わらずキツい香水に吐き気を催す。

「私ね、恋人にフラれちゃったのよ。重いって。あ、ちなみに恋人って女の子ね」

うふふ、と笑う彼女は美しい。
先輩の手が私の頬を撫でた。

「だから、私、寂しいのよ。あの子のこと愛してたのに、あんなに簡単にフラれて。ねえ、鈴鹿さんならわかるでしょう?」

胸焼けしそうなくらいに甘い匂い。
より一層密着してくる柔らかな華奢な身体を、私は思いきり押し退けた。
呆気なく床にべしゃり、と転がる彼女を見下ろして、私は満面の笑みを浮かべた。

「私、その香水大嫌いなんです。吐き気がする」




私は駆け足で待ち合わせ場所へと向かう。
ああ、だいぶ時間を過ぎている。
あの子の姿を視界に捉えて、私は名前を呼んだ。

「千鶴ちゃん!」

私の声に気付いた彼女は、私を見つけると花が咲くような可愛らしい笑みを浮かべて、手を振った。

「ごめんね、待ったでしょう?」
「ううん、大丈夫。さっき来たところだから」

微笑みを浮かべる彼女の言葉は嘘だとわかった。彼女らしい優しい嘘に、私はごめんね、ともう一度謝った。

「あ、それ、付けてくれたんだ」

千鶴ちゃんが私の唇へ視線を向ける。
なんだか、少しだけ気恥ずかしい。

「うん。今日ね、クラスの子に似合ってるって言われたの。友達から貰ったものだって言ったら、センスの良いお友達ね、って言ってたわ。ありがとう、千鶴ちゃん」
「ふふ、喜んでもらえて良かった。そう言ってもらえると嬉しい。私もね、今日千ちゃんから貰ったリップ付けていったの」

彼女の小さな唇を見つめる。
クリーミーピンクに彩られた小さな唇。
元が赤い彼女の唇に、それはよく映えていた。

「私も、似合ってるって言われたんだ。ありがとうね、千ちゃん。やっぱり千ちゃんに選んでもらって良かった」

嬉しそうに笑う彼女につられて、私も笑う。
互いにリップを贈りあったのは、ついこの間のことだ。
彼女が選んでくれたものをどうしても身に付けたかったから、私は強引に彼女に頼んだのだ。
彼女はそんな私になんの文句も言わずに、吟味に吟味を重ねて、このコーラルオレンジを選んでくれた。
普段、あまり付けることのない色だったけれど、彼女が選んでくれたものなら似合っていても似合っていなくてもどっちでも良かった。




「はー、楽しかった」
「私も。やっぱり千鶴ちゃんといるのが一番楽しいわ」

駅前通りで、美味しいと評判のクレープを食べて、洋服や雑貨店やら様々な店を見た後、小さな喫茶店へと入る。

千鶴ちゃんと同じアップルティーを頼んで、今日のことや、学校であったことや、色々なことを話した。


「薫ったらね、また沖田先輩と喧嘩して、」
「あはは、あの二人は相変わらず仲が悪いのね」
「少しは仲良くしてほしいのに、薫が先輩に色々失礼なこと言って…」
「それだけ千鶴ちゃんのこと心配なのよ」
「そうかなあ…」
「そうよ。うちの菊も、すごい心配性でね。私、未だに車で学校通ってるのよ?小鈴は彼氏と徒歩通学してるのに。あ、彼氏といえば千鶴ちゃんって井吹君と同じクラスよね?」
「うん、今隣の席なんだよ。話してみると優しいし面白いし、小鈴ちゃんにベタ惚れだよ」
「へえ、いいなあ。私もそんな素敵な恋人が欲しいなあ」
「ふふ、千ちゃんにはすぐにいい人が見つかるよ」

彼女が微笑する。
琥珀のように美しい瞳が、私を見つめる。
唇のクリーミーピンクが少し眩しかった。
本当は、彼女の唇はリップもグロスも必要ないくらい赤くて綺麗なのに、それを私が隠してしまうなんて。
ああ!なんてひどい。
ああ!なんて残酷なのだろう、彼女は。

「…私、男に生まれたかったなあ」
「どうして?」
「そうしたら、千鶴ちゃんと恋人になれたのに」
「…ふふ、私も千ちゃんみたいな人が恋人だったらいいのになあ」

運ばれてきたアップルティーに、彼女は口をつける。
リップがとれてしまうわ、なんて、私は心の中で叫んで彼女を見つめた。

白い肌。その下にある血管まで透けて見えてしまうほど、真っ白な肌。
流れる黒髪も、短いスカートの下の細くて白い足も、柔らかそうな身体も、全部、全部、彼女は綺麗だ。
彼女は美しい。
真っ白で、純粋で、それは
まるで、野に咲く、気高く、気丈で、可憐な花。
いつか、その花は誰かに手折られてしまうのだろう。
私じゃない、違う、男に。




「それじゃあね、千ちゃん。また遊ぼう」

空が茜色に染まっている。
彼女の白い頬も、夕陽で茜色に染まっていた。

「…千鶴ちゃん」
「ん?」
「千鶴ちゃん、好きよ」

私の言葉に彼女はぱちぱちと瞬きを何度か繰り返して、それからどこまでも綺麗な邪気の無い笑みを浮かべた。

「私も、千ちゃんのこと大好きだよ。千ちゃんが友達で良かった」

ああ。
ふと、今日の退屈な音楽の授業で流れていたシューベルトの曲を思い出した。
ねえ、やっぱりその乙女は馬鹿よ。死なんて恐くないわ。死神だって恐くない。私は、もっともっと恐ろしいものを知っている。
ねえ、私は彼女に愛されたい。
彼女に嫌われたくない。

「……千ちゃん?」

黙り込んだ私の顔を心配そうに、彼女は覗いた。
私と彼女の関係は、死ぬまできっと変わらないのだろう。
良いお友達。唯一無二の親友。
私はそんな称号なんていらないのよ。
友情なんて、性欲が絡まない愛情なのに。ただ、それだけのものなのに。

「………千鶴ちゃん」

あああ、あの甘ったるい香水の匂いがまだ鼻につく。
お願い、消して。貴女で消して、千鶴ちゃん。
貴女を抱き締めたい。

「貴女を、愛しているの。千鶴ちゃん」

細い手首を掴んで引き寄せた。
香水なんかよりも、もっともっと甘くて、果実のように瑞々しい、濃厚な香りが私を包み込む。
戸惑った彼女が私の名前を呼んだ。

お願い、誰か私を助けて。
救ってほしい。

神様、私が愛したのは自分と同じ女の子でした。


(そして、オレンジとピンクは交ざりあった)








ごめんなさいみなぎる欲望を抑えきれませんでしたごめんなさい。

 
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