貴方に触れられている間だけは、私は普通の少女になる。
「千鶴、」
耳元で名前が囁かれて、そのまま首筋へ口付けを落とされる。
ちゅう、とそこをきつく吸われ、ああきっと赤い花が咲いているのだろうと頭の隅で考えた。
肌を這う指先はどこまでも優しい。
この人は、とても優しい。
彼があまりにも優しく私に触れるから、私はまるで自分が何か特別なものになったような気がするのだ。
「…原田、さん、」
「…違う。左之助、だ」
そう言われれば、私は譫言のように何度も彼の名前を繰り返す。
それに応えるかのように、彼は身体中へ口付けを落とし、私に触れる。
「…千鶴、好きだ、」
掠れた低いその声に、私の胸は酷く痛くなった。
ああ、その言葉は私なんかには勿体無い。
だって、私は彼の気持ちに応えることなどできやしない。
私は、人間ではないから。
「…さの、すけ、さん」
腕を伸ばして、愛しい人の頬を撫でた。
幸せなど、望んでいない。
幸せになんかなれると、思っていない。
彼は人で、私は鬼だ。
姿形はあまりにも似ているけれど、私達は違う生き物なのだ。
幸せになんか、なれっこない。
「……千鶴、」
ーああ、だけど。
「…左之助さん、」
今だけはどうか、普通の人間の少女でいさせてください。
彼を愛する、ただ一人の少女でいさせてください。
(そして、少女は夢を見た)