天上の華 



※死ネタ






赤く、赤く、燃える花。
夏の花々が鮮やかな色を失った頃、曼珠沙華は空に向かって炎を上げる。

涼やかな秋風が吹く頃、庭の曼珠沙華は艶やかに花開いた。


「…綺麗ですね」

縁側に座り、ぼうっと庭の隅にあるにも関わらず強い存在感を放つ美しい赤い花を見つめていると、羽織を手にした千鶴が僕の背後でそう言った。
「少し冷えてきましたから」と言いながら僕の肩にそっと羽織をかけて、彼女は僕の隣に静かに座った。

「曼珠沙華、綺麗に咲きましたね」
「…そうだね、綺麗だ」

日はもう既に西に傾き、橙色に染まりゆく世界の中で、赤々しく燃えるその姿は、確かに美しい。

「…でもさ、曼珠沙華って少し不気味だよね。死人花って呼ばれてるくらいだし」
「総司さんが不気味だと言うなんて、珍しいですね」
「なにそれ。いくら新選組の一番組組長の僕だって、一応人の子供だからね?」
「ふふ、わかってますよ。別に変な意味じゃないですから」

拗ねたふりをして千鶴に寄り掛かると、彼女は楽しそうに笑いながら、僕をその細い両腕で抱き締めた。

「千鶴は、あったかいなあ」
「総司さんもですよ」
「そう?自分ではよくわからないけど」

優しく背中をさする小さな手が心地好くて、僕は目を閉じて華奢な肩へと顔を埋めた。

「…ねえ、千鶴」
「なんですか?総司さん」
「…僕は、随分と痩せたよね」

ぽつりと呟いた言葉に、千鶴の手の動きがほんの一瞬だけ止まった。

「もう体力もほとんど無いしさ、筋肉も全部削げ落ちてこんな骨と皮だけの身体になっちゃって、」
「総司さん、」
「だからね、千鶴。もし、君が望むなら僕を見捨てて他の幸せを手にしても良いんだよ?」

そう僕が言ったと同時に、抱き締めていた両腕がするりと離れて、それから小さな掌が僕の両頬を包んだ。
綺麗な色をした、千鶴の二つの目玉が僕を真っ直ぐに見つめている。

「総司さんの馬鹿」

そう言い放った千鶴は、少し怒ったような悲しそうな顔をしていた。

「私は、貴方の妻なんですよ。どんな時だって悲しみも喜びも分かち合うのが夫婦なんじゃないんですか」
「千鶴…」
「私は総司さんの傍を絶対に離れません。私の幸せは貴方の傍にしか無いんです」

痛いくらいに真っ直ぐで真摯な視線が僕に突き刺さる。
夕日の色に染まった彼女は、とてもとても美しかった。

「貴方がたとえどんな姿をしてようが、どんな姿に変わり果てたって、私は総司さん自身を愛しているんです。私の愛を疑うのなら、何度だって証明してみせます」

そう言って、すっと彼女の柔らかな唇が僕の唇へと押し当てられる。
千鶴の甘い甘い香りが、より一層濃厚になって僕の身体を包み込んだ。

ああ、このまま溶けてしまいたいと。いや、いっそのことあの炎を天に上げる花のように、彼女とこのまま一瞬にして燃えて、此処じゃない何処かへ消えてしまいたいとさえ思った。
それは僕にとってなんて甘美な響きを持ったものなのだろうと。

「総司さん。私は貴方が本当にいとおしいのです。私を幸せにできるのは総司さんだけなんですよ?」

唇が離れて、千鶴が綺麗な笑みを浮かべながら言った。

「ははっ、そうだね。僕みたいな男を好きになる奇特な子は君くらいだよ。そんな変わり者を幸せにできるのも僕しかいないよね」
「ふふ、そうですよ。総司さんだけです」

頬を包む手が再び背中へと回り、僕を抱き締める。僕も小さな背中へ手を回して、強く強く彼女を抱き締めた。

「…千鶴、好きだよ。君が何よりもいとおしい」
「私もですよ。総司さん、大好きです」

隙間なんてできないように身体を密着させると、とくとくと彼女の規則正しい心臓の音が僕に伝わる。

ああ、僕達は今生きているんだ。



+




今年も、この季節がやって来た。

「今年も綺麗に咲きましたよ、総司さん」

秋風が吹き抜け、深紅の花弁が揺れる。
毎年庭の隅で燃えるように咲く曼珠沙華は、いつまでも変わることなく美しい。
私は縁側に座って、いつかの彼がそうしていたようにぼうっと、ただその美しい花を見つめた。


去年の暮れ、総司さんはこの世を去った。
縋る身体も遺さず、彼は灰になっていなくなった。

彼の灰は、あの曼珠沙華の下に埋めた。

それは総司さんからの願いでもあり、私は泣きながら僅かに残った白い灰をあの花の咲く土へ埋めたのだ。

「綺麗、ですね」

天に向けて燃えるあの美しい花は、まるで総司さんみたいだと私は思う。
ただ空を焦がれて身を燃やす姿も、人々に恐れられながらも美しく、不思議と魅了する姿も、ふわりと花を咲かせるその繊細さも。
だれよりも一途で、残酷で、潔白で、優しいあの人にそっくりだ。

「…総司さん」

総司さん、総司さん。貴方は、そこにいるんですね。私は、元気です。
総司さんがいない生活は寂しくて苦しくて、死んでしまいたくなるくらいに悲しいけれど、でも私は大丈夫です。
総司さんが優しい思い出をたくさん残してくれたから、貴方が私を愛してくれたから、だから私は大丈夫です。

「総司さん、愛しています」

私は、今でもずっと貴方を想い続けています。
どんなに悲しくても、また季節が巡り、あの真っ赤な花が咲く度に、私は貴方と過ごした記憶を思い出す。

天から降りた花。
総司さんの、花。

「…だから、少し待っていてくださいね。また会えるその日まで」

風が吹き、私の髪を揺らした。
赤い花も、揺れる。

あの花はこの季節がやってくる度に、何度でも美しく咲くのだろう。
私が死んでも、時代が変わっても、私達が再びこの世界で巡り会えたとしても。
まるで、それは総司さんと私が共に生きた証のように。

「貴方も、見ていますか?」

天上の華は、ただ美しく燃える。

 
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