蝉の声が、やけに五月蝿かった。
「あー…あっつい」
首筋から垂れる汗を拭って、僕は呟いた。
京の夏は暑い。
外では、熊蝉が喧しく鳴いている。
折角の非番だけれど、こんなに暑ければ何をする気にもなれない。
襖を全開にして、畳の上へと寝転がった。
しっとりと全身が汗で湿っていて気持ち悪い。
僕は目を閉じて、風なんてほとんど来ないけど自らの手を団扇代わりにして扇いだ。
今、土方さんが廊下を通ったらきっと「シャキッとしろ」って怒られるだろう。はじめ君にはきっと呆れられる。左之さんだったらきっと大目に見てくれるだろうな。
「沖田さん?」
不意に名前を呼ばれて目をうっすらと開ける。
この声は、たぶんじゃなくてもあの子だろう。
「沖田さん、具合でも悪いんですか?」
「別に。暑いだけ。あ、千鶴ちゃんも一緒に寝る?暑いからあんまり僕にくっつかないことが条件だけど」
からかうようにそう言えば、彼女は少し安堵したような表情になって、それからぷくりと頬を膨らませる。
あ、なんか小動物みたいだ。
「結構ですっ!」
「えー?遠慮しなくていいのに」
けらけらと笑いながら彼女に手招きをすると、少し怪訝そうな顔をしながらも、彼女は素直に僕のもとへやって来た。
「失礼します」
「どうぞ。ほら、座って」
そう言うと、彼女はちょこんと僕の頭の横に座り、小首を傾げた。
「なんでしょうか?」
その様子がなんだかとても可愛くて、知らずに口角が持ち上がる。
「暇だからさ、僕の相手してよ」
「私でいいんですか?」
「うん。暑くて何もやる気しないし、千鶴ちゃんが僕を楽しませてよ」
「が、頑張ります…」
こくこくと頷くその姿に僕が笑うと、彼女はむっと眉を寄せた。
「…子供っぽくてすみませんね」
「いや、可愛いなって」
「え?」
「まあ、子供っぽいってのも否定はしないけど」
「もうっ!沖田さん!」
真っ赤になってぷりぷりと怒る彼女はやっぱり可愛いと思う。 まあ、ちっとも怖くはないんだけど。
「……暑いね」
「そうですね。京の夏は蒸し暑くて辛いです…」
「おまけに冬はすごく冷えるしね」
蝉の声が絶えず聞こえる。
こんな暑い中、よくもそんなに命を燃やせるものだ。
「…熊蝉、ですよね」
「ああ、京都の蝉はたしかそうだね。江戸にいた頃は日が暮れると油蝉が喧しかったけど、こっちはこっちで昼間から喧しいね」
「でも、蝉の鳴き声って夏って感じですね」
「まあ、五月蝿いけどね」
「それも風流ですよ」
ふふ、と彼女が微笑んで、それからまるで蝉の声を聞くように目を閉じた。
僕ももう一度瞼を下ろす。
「…どうして蝉はさ、七日だけの命なのにこんなに命を燃やし続けるのかな」
「……生き急いでいるみたい、ですよね」
彼女の言葉に目を開くと、彼女は穏やかに笑っていた。
「与えられた時間が短いからこそ、必死に生きているんですよ」
生温い風が僕の頬を撫でた。
蝉は、相も変わらず五月蝿い。
彼女は静かに笑った。
「短いからこそ、ね…」
ふと、いつかの彼女の言葉を思い出して、苦笑した。
『命が長くても短くても、僕にできることなんて、ほんの少ししかないんです。新選組の前に立ちふさがる敵を斬る……それだけなんですよ。先が短いなら、なおさらじゃないですか』
松本先生に言った言葉を頭の中で反芻する。
僕の命は、もう長くない。
残された時間は、あと少しだ。
ああ、もうすぐ夏がやってくる。