年を重ねるほど、昔のことがよく思い出される。
まだ江戸にいた頃のことや、試衛館で彼等と過ごしたあの日々。
全てが懐かしく愛おしく、そしてもう二度と返ってはこない。
「…また、皆さんのことを考えていたのですか?」
縁側に座り、ぼんやりと外の景色を眺める俺に、千鶴がそう声をかけた。
その手にはお茶と花林糖がのせられた盆。
「はい、どうぞ」
「ああ。ありがとう」
千鶴から少し熱めの緑茶が入った湯呑みを受け取り、口に含む。
「…そういやあ、近藤さんや総司も甘いものが好きだったな」
「ええ。特に沖田さんは金平糖が大好きでしたよね」
「ああ。あいつは作るものはやけに塩辛いくせに、口だけは甘党だったからな」
俺の言葉に隣に座る千鶴はくすくすと笑う。
「…沖田さんと歳三さんは本当に仲が良かったですよね」
「ああ?どこがだよ。総司の野郎、何かにつけては俺に吹っ掛けてくるし、目の敵にしてくるし、散々だったよ」
「ふふ。喧嘩するほど仲が良い、ってやつでしょう?」
「……おまえ、なんか近藤さんに似てきたな」
「ありがとうございます」
千鶴は楽しそうに笑って、風に揺れる長い黒髪を耳にかけた。
そんな何気無い仕草にさえ、昔とは比べ物にならないくらいの女らしさが出ていて、少しどきりとしてしまう。
「……桜も全部散っちゃいましたね」
庭の桜の木を見つめて、不意に千鶴は呟いた。
ああ、と思いそこへ視線を移せば、ついこの間まで繚乱と咲き誇っていた花弁は全て散り、青い葉が茂っている。
「…まあ、葉桜も良いもんだ。それに、来年になればまた咲くさ」
「……そうですね。来年も、その次も、ずっと、ずっと歳三さんと過ごしたいです」
そう言って千鶴は、柔らかな微笑を俺に向けた。
「…おまえは、綺麗になったな」
「そうでしょうか。でも、多分それは歳三さんに似たんですよ。ずっと一緒に過ごしてきましたから」
「…そうか?」
「はい。…私、歳三さんと出逢えて良かったです。歳三さん、生まれて来てくれてありがとうございます」
年を重ねるほど、昔のことがよく思い出される。
彼等と過ごした日々。笑った日々。戦った日々。
それは懐かしく愛おしく、そして時に切なくて、それでも二度と返ってはこない。
だけど、今の俺には千鶴がいる。
大切なものはたくさん失ってきた。
でも、それでも一番大切で愛しい人が、手を伸ばせばすぐにでも届く距離で、こうして穏やかに笑っている。
それ以上の幸せなんてあるのだろうか。
多くのものを失い、過去にしていく中で、かけがえのないこの今を愛する人と過ごす。
たまらなく幸せで、幸せで、俺はどうしようもないくらい、今が愛しい。
「…千鶴、」
隣に座る華奢な身体を抱き締める。
春の日差しのように温かな体温と、春の花のように甘い香り。
当たり前のように俺の背中に回される小さな手が、いとおしい。
「千鶴、愛してるよ」
(前に進んでいく。かけがえのない今を大切にして)
土方さん誕生日おめでとう!