降り注ぐ、春の暖かい日差し。
陽光に包まれて、僕は縁側で千鶴に膝枕をしてもらっていた。
「暖かいですね」
優しく僕の頭を撫でる千鶴の手。
それが心地良くて、僕は小さく欠伸を洩らした。
「眠たいんですか?」
千鶴の小さく笑う声が聞こえて、僕は彼女へと視線を向けた。
「こんなに暖かいと眠くなっちゃうな」
「寝ていいですよ、総司さん」
千鶴の細い指が僕の髪の毛の中にくしゃりと埋められた。
「…千鶴」
「なんですか?」
「僕ってさ、幸せ者だね。大好きな君の傍にいられて、二人でこうしてひなたぼっこできるなんて」
それは、あの頃の僕には考えられなかったこと。
近藤さんの役に立つこと。新選組の剣として生きること。
それが、僕の全てだったのに。
「私も、総司さんに負けないくらい幸せ者ですよ?」
千鶴の指先が僕の頬を撫でる。
「こんなに愛しい総司さんのお嫁さんにしてもらえて、傍にいられて、私は世界で一番の幸せ者です」
僕は腕を伸ばして千鶴の頬に触れた。
柔らかい笑みをたたえたその顔は、昔よりも綺麗になったような気がした。
「千鶴、愛してるよ」
「私もです。愛しています、総司さん」
身体を起こして、千鶴を強く強く抱きしめた。
すると僕の背中にも小さな手が回される。
愛しい体温。
愛しい匂い。
愛しい存在。
ああ、なんて愛しいのだろう。
ああ、僕はなんて幸せなのだろう。
幸せ過ぎて、泣きたいくらいだ。
僕は、
僕は、あとどれだけ君の傍にいられるのだろうか。
「…っごほ、っ」
僕の口から溢れ出す赤。
僕の、命。
口元を汚す鮮血を乱暴に拭いながら、僕は夜空に冷たく浮かび上がる銀色の月を見上げた。
「…僕は、」
僕に残された時間は、あとどれくらいなのだろう。
「総司さんっ!」
聞き慣れた声に振り向くと、血相を変えた千鶴が慌てて僕のもとへ走り寄ってきた。
布団にいなかった僕を探してくれたのだろう。
「総司さん、」
「来ないで」
血を吐き出した僕に駆け寄って来ようとする彼女を手で制す。
「うつるから、来ちゃだめだよ。君に、うつしたくないんだ」
「いやです!」
「え?」
思いもよらない返答に顔を上げると、小さな身体が勢いよく僕の胸に突進してきた。
「ちょっと、だめだって!」
「…どうして総司さんはいつも一人で抱え込もうとするんですか」
僕を真っ直ぐに見上げてくる、琥珀色の綺麗な瞳。
その瞳は僅かに潤んでいた。
「私達、夫婦なんですよ。それに、私は何があっても総司さんの傍を離れないって決めたんです」
「千鶴…」
「お願いです、一人で抱え込まないで。私はどんな時も総司さんの傍にいます」
千鶴の小さな掌が僕の頬を包み込む。
温かくて、優しい掌。
「だってさ、僕のこんな姿見たら君はまた泣くでしょ?」
僕に残された時間はもう長くない。
以前より明らかに痩せた身体。君を抱きしめる腕すらこんなにも細くなってしまったというのに。
「僕は君を一人にしてしまう」
「…総司さん、」
ふわり、と。
血で汚れた僕の唇を柔らかいものが掠めた。
「…私、泣きませんよ?だって、総司さんが沢山私に思い出を残して、沢山愛してくれたから」
月光が彼女の顔を照らす。
僕に口付けをした彼女の唇は赤く汚れていて。
目尻に涙を浮かべて微笑む千鶴は、すごく綺麗だった。
「私、総司さんがとても愛しいんです。総司さんの傍にいれることが幸せ」
ぎゅっ、と小さな身体が僕を強く抱きしめた。
ああ、なんて愛おしい。
泣きそうなくらいだ。
華奢な背中に両腕を回す。
愛しい体温に包まれて、僕はその夜、子供のように泣きじゃくった。
ねえ、千鶴。
僕の還る場所は、いつだって君だよ。
もしも来世があるとしたら、その時ももう一度君を見つけだすから。
だから、君ももう一度僕を選んで。
(ああ、幸せ過ぎて泣きそうだ)