血を吐くやうなせつなさに。 



※微死ネタ






血を吐くやうなせつなさに。


遠くで蝉の鳴き声が聞こえた。
太陽の眩しさに目を細めながら、白い雲が点々と浮かぶ青い空を見上げた。
澄んだ空気を体内に取り入れようと大きく息を吸うと思い切り噎せ込んだ。
げほ、と。
一つ咳をして、それから僕の口からは真っ赤な鮮血が飛び散った。
こんなに晴れた綺麗な夏の日には不釣り合いな、赤。
その赤をどこか他人事のように僕は静かに見つめる。

「総司さん?」

驚いたような声がして、それから血で着物やら口元やらを汚した僕のもとへ千鶴が慌てて駆け寄ってきた。

「千鶴、」
「総司さん、大丈夫ですか!?」
「あは、ごめんね、血でいっぱい汚しちゃった。ごめんね、千鶴」
「そんなことはいいんです!総司さんー」
「…今日は、よく晴れてるんだなあ」

僕の言葉に、千鶴は一瞬だけ泣きそうな顔をした。
それから、その顔に、綺麗な柔らかい微笑を浮かべた。

「…はい、そうですよ。今日は洗濯物がすぐに乾いて助かります」
「あはは、ありがとう千鶴。いつも頑張ってる君が大好きだよ」
「そう言ってくれる総司さんが、私は大好きです」

千鶴は細い腕を伸ばして僕をその小さな胸の中に引き寄せた。
蒲公英のような色の綺麗な着物が汚れることにも構わず、彼女はぎゅうっとその華奢な身体で僕を包み込んだ。

「…千鶴、あったかい」
「それは生きていますから」
「…僕もあったかい?」
「はい。すごく温かくて、落ち着きます」

鼻っ面を千鶴の胸に押し付けて甘える仕草を見せると「大きな子供ですね」と彼女は笑った。

「僕、生まれ変わったら千鶴の子供になりたいな。優しくて、温かくて、絶対に幸せだもん」
「私は次も総司さんのお嫁さんがいいです」
「あはは、そうだね。君が僕以外の男の隣にいるなんて絶対に許せないな」


蝉の声は鳴り止まない。
じりじりと照りつける日差しがあるというのに、いつまで経っても僕達は強く強く抱きしめあっていた。

今日の日も、陽は炎えている。
僕の心は今、穏やかで、静かだ。

あの戦場に身を置いた日々も、仲間と過ごした日々も、今はもう、全ての記憶が静かに凪いでいる。


照りつける日差しの中、生暖かい風が吹き抜けた。
風が互いの髪を、ふわりと揺らした。

僕を抱き締める小さな身体。
この存在が僕は愛おしくてたまらない。
千鶴だけが、僕を救い続ける。

「千鶴、僕は今幸せだよ」
「はい、私もです」
「千鶴、愛してるよ」

僕の言葉に彼女は一層強く僕を抱き締めた。
綺麗な夏の日、僕はいつか彼女を一人にしてしまう。


血を吐くやうなせつなさに。


僕は残るだろう、亡骸として。
遠くでは、蝉が鳴いていた。

血を吐くやうなせつなさかなしさ。








中原中也の「夏」より。

 
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