12月24日、聖なる夜。俺、黒羽春風は煩悩である欲望と闘っていた。何故なら、無防備に眠る彼女が隣に居るからだ。
「手を出しちゃダメなのねー」
「バネが煽ったとはいえ、これは、なあ。」
少し手を彼女へ伸ばすと、すぐに刺すような言葉。どうしてこうなった。
ことの発端は、数時間前に遡る。
本日24日・昼。休み前集会を終え、なんとなく部室に集まったレギュラー+可愛い彼女の緋姫。目立った会話もなく、ただ集まってしまっただけ。なんとも言えない空気が流れた時、緋姫が口を開いた。
「今日はサンタさんが来る日だね!」
そうですね!と話に乗ったのは剣太郎だけ。サエやいっちゃんは微笑を浮かべていたのに、俺はポロッと余計な事を言っちまった。
「何言ってんだ、サンタは空想だろ」
どうやらこの一言、彼女にとって地雷だったらしい。
ふわふわ甘い笑みを浮かべていた緋姫が、キッと睨むように俺を見る。緋姫から敵意を感じたことはなく、少し怯んだ。
「サンタさんはいるもん!」
「…っ、いねぇだろ」
「いるったらいる!サンタさんは何処にいても来るんだもん、証明する!」
「ああ、証明出来んならしてみろよ」
「今日ここに泊まって、サンタさん来たら私の勝ちだからね!皆が寝ても、プレゼントあったら私の勝ち!」
「のぞむところだぜ!」
今なら言える。俺が大人げなかった。だがその時は夢中で、売り言葉に買い言葉。あれよあれよと話が進み、なんだかんだで準備が整ってしまったのである。
サンタさんを引き留めるだかなんだか、先程まで起きていた緋姫も寝てしまった。浴びせられるのは、巻き込まれた部員からの批難の言葉に視線。
胸が痛ぇわ。
「もうちょっと、大人になるべきだったのね」
「だってよー…、サンタの野郎の話で笑み浮かべてんのがどうも」
「男の嫉妬は醜い!のねー」
「うっせ!」
「ヤキモチ焼くくらいなら、バネがサンタになればいいでしょ」
赤い帽子に赤い洋服、黒い長靴のセットを手渡される。
剣太郎は寝た。木更津にいっちゃんは含み笑い。…どうやらハメられた、席を外したダビデとサエは帰宅ではなく、プレゼントを買いにいったのだろう。プレゼントと言っても、コンビニで帰るようなライトなお菓子。
24日から25日に変わる時、意を決して着ようと立ち上がると部室からやって来た一人の男。
12月特有の冷たい風が室内に入り込む。正面の扉から現れた彼は、迷わず緋姫の元へ歩みを進める。緋姫は人の気配か肌寒さか、どちらに反応したのか定かではないが、薄く瞼を開く。
「メリークリスマス」
「サンタ…さん…?」
「良い子にはぁ、プレゼント〜。朝に見てぇ、今はぁ…休むことー」
「…サンタさん、居た…」
満足そうな笑みを浮かべると、すやすやと寝息をたてて眠りに戻った。
オジイ以外の四人の”してやったり顔”に、行き場のない怒りを感じた。
夢うつつで髭男
25日の朝。
オジイの置いていったプレゼントを、意気揚々と俺に見せつけた彼女。素直に非を認めると、満足そうな笑みを浮かべた。
昨日サンタに向けた笑みと同じで、俺は意味もなく安心したのである。