教室の扉を開けると、包帯男が居た。
「おはよう」
「うん…、え?」
「そんでもって、トリックかトリートどっちにするん?」
全身に包帯を巻きまくった変人は、どうやらクラスメイトの白石のようだ。そもそも3年2組の包帯と言えば彼、残念なイケメンのこと白石を指す。
包帯の下ではドヤ顔で言ったに違いない台詞に、私はようやく気付いた。今日は仮装パーティーで、授業が無いことに。
「どっちも嫌や」
「えー、それはアカンわぁ。お菓子持ってへんの?」
「今日が何の日か忘れとったから、用意しとらん」
「ふーん、へえ、ほなら悪戯やな?」
右手を高く掲げると、パチィンと――指は鳴らず、カスッと包帯が擦れた。ユウジ、小春!とイケメン声で叫ぶ。
すると天井から降ってくるかのように、何をしたいのか分からない二人組が現れた。
「何、それ」
「あらん、見たらわかるでしょ?ナースと患者さんよ」
「小春ゥゥ!ナースな小春も素敵やで!」
「ほら二人とも、真宮が困っとるで。ささっと準備したってや」
「せやったわ。ウチらに任せてな、緋姫ちゃん!」
「お前のためにやるんやないで、小春が言うから」
「分かった分かった、落ち着け一氏」
「分かっとるならええ」
腕を組み満足げに頷く一氏、残念ながら病院服のために決まらない。
小さくため息をつく。なるようにしかならない、最初に会ったのが包帯男だったのが運の尽きだったんだ。色々諦めて、身を任せることにした。
プロ魂に火のついた二人の行動は、凄まじいものだった。仮装衣装に着替えた時間が10分を過ぎたら一氏に怒られ、適当にお願いと言ったら金色くんに怒られ。
髪にメイクに着替え、全てを整えるための所要時間はわずか20分。
「我ながら良い出来やわー」
「まあまあになったんとちゃう?」
ミニスカに半袖という季節感無視の格好になった私は、盛大なため息をかます。二人に届けと願うも、包帯が邪魔をした。
「じゃ、真宮は今から部室に行ってき」
「はあ?テニス部の?」
「せや、それが俺からの悪戯。お菓子持っとらんのやろー」
「行く行く、行ったらええんやろ」
包帯の下で絶対にニンマリしているだろう白石に意味も無く腹が立ち、適当な返答をしながら席を立つ。行って仮装を終われるなら万々歳、今から急げば廊下もあまり人が居ないはず。
「あ、ちょい待ち」
「さっさと行きたいんやけど」
「コレ、持ってっとき」
渡されたソレの意図が分からず、包帯からのぞく目を見る。数秒絡み合うと僅かに細められ、はよう行きと急かされた。
「早く」の単語を強められた気がしたので、早足で部室へ向かう。途中何人かの知り合いに会ったが、特に面白く無いのでカット。ただ少し頭にきたのは、黒髪ピアス。
「うっわ、季節感丸無視っすね。写メったろ」
卒業式の日に、何か報復をしようと思う。
そんなこんなでやってきた、テニス部部室前。部室というか、門の前。
扉に手をかけると、鍵は閉まっていないことが分かった。誰か居るらしい。
ゆっくりと扉を引くと、赤い帽子の人と視線が絡む。
「健二郎…?」
「ん、…おお、トナカイさんやん」
呟いた疑問への返答は無かったものの、好きな声音が心に響く。間違いない、赤い帽子で白い髭の彼は、私の彼氏だ。
「まんまとやられたな、白石に」
「え?」
「俺も忘れとってん、ハロウィン。で、サンタのコスプレや」
「おおらかな健二郎には、似合っとると思うで」
「おおきに。サンタと一緒に居ってくれるトナカイな緋姫も、似合っとる」
わざわざ、そんな言い回しをしなくてもいいのに。爽やかに笑みを零す彼は、計算なのか天然なのか。どちらにせよ、私の心拍数は大変なことになっている。
…ん、ハロウィンを、忘れてた?
「緋姫、トリックオアトリート?」
白い手袋をした右手を出しながら、確信のある口調で唱えられる。
今、私もハロウィンを忘れていたことを否定しなかった。だからこそ、結果は見えたという風な口調なのだろう。でも私は、朝の私ではない。
「はい、どうぞ」
「…え?」
「お菓子貰ったん。あげてええ言うたで、トリートをどうぞ」
「…渡してきたん、包帯男か」
にっこりと笑みを浮かべ、ひとつ頷く。
彼の手には、一口サイズのチョコ。教室を出る前に白石から渡されたもの。最初の彼の口ぶりから、なんとなくどう使えばいいのか理解は出来た。
せっかく整えてくれた舞台は、しっかり活用させてもらおう。
「今度は私。健二郎、トリックオアトリート?」
「はは、完全にやられたわ」
両手を出して言うと、眉を下げて笑った。かと思えば白髭を外して、私のあげたチョコを口に含む。
も、もしか、もしかして
距離をとろうと後ろへ足を引くと、良いタイミングで腰を抱かれる。そのまま頭の後ろに彼の手が宛てがわれて、
某髭爺さんなんかに負けない
パセリの香りが、なんとなく安心しました。