変わらないもの



形あるものは安心できる。
何故なら触れる事ができるからだ。
触れられぬもの程信用の於けないものはない。
触れられぬものはそこに「ある」と言われるだけで、何もなくとも「ある」事になってしまうのだ。
それは目に見えても触れられなければ同じ事。そこに「無い」のと同じだ。
蜃気楼のようにゆらゆらと揺れているそれには実体は無い。
だから、さも当たり前のようにそこにあっても触れられぬ。
結局そこには何も無いのだから。
「ある」と言われても、「無い」。
触れられぬ物を私は、断じて何もないのだと、そう言い切る事にしている。

それは信じれば消えた時に苦しいからだ。

今はもう悲しみなど忘れて、ただただ憎しみばかりがこの内腑を支配している。
しかしこれでも幾らか前までは悲しみも少しばかりはあったのだ。
ただその悲しみを全て憎しみが食い尽くしてしまっただけで。

形ある物しか信じない。
「絆」とは何だ。
それは目に見えるものなのか。
否、そんな物は存在しない。存在し得ない。
それが存在したのなら、貴様は秀吉様に牙を剥くことは無かっただろうし、私も貴様に牙を剥くことなんて有り得なかっただろう。
そうで無いなら何なのだ。
貴様と秀吉様の間に絆とやらは存在しなかったと言うのか。
莫迦を言うな。
秀吉様は貴様を信頼していた。
半兵衛様も貴様を常に気に掛けていたというのに、そこに絆は生まれなかったというのか。
嘘吐きは誰だ。狸め。
その笑顔の下で何を目論んでいる。

私は秀吉様の為に生きている。
私の全ては秀吉様の物。
しかしただ一つ、恋い慕う気持ちだけは貴様への物だったのに。
それを言葉に出来なかった私が悪いのか。
教えろ家康。



『家康、貴様の言う絆とは……いや…いい…』

『どうした?最後まで言え、三成』

『五月蠅い、喋るな。息が臭い』

『何っ!?』

あの時、本当に最後まで聞かなくて良かったと思う。
ただ少しだけ考えてしまったのだ。
「絆とは繋がりの事なのか。その繋がりに私も居るのか」、と。
聞いてしまえばきっと答えは決まっていた。
きょとんと目を丸くして、さも当たり前のように「当然だろ?」と言うのだろう。

嗚呼、嗚呼、腑がうねりをあげる。
奴を殺せと空気が叫ぶ。
目の前が赤く染まる。

「落ち着け、三成」

たった一人の友が呼ぶ。

「これが落ち着いていられるか!!秀吉様を手に掛け、何故あの男は笑っていられる!!何故いつもと変わらぬ笑顔を振り撒いて側近共に接する事が出来るのだ!?」

「…ひっひ」

病に冒された友の笑う声は、高くその場に響いた。
何が面白いのか分からないが、この男はいつだってそうだ。
笑う友を睨み付けて、次を促した。

「いや、三成。主は寂しいのよな」

「何を言う。私には刑部がいる、あの男など大した問題では無い」

「…誰が、あの男だと言ったかな?ひゃひゃ…」

「…刑部…、冗談は嫌いだ…」

性格の悪い友を持つと苦労する。
それはお互い様だが。
「いや、すまぬな」と言った刑部の目は「冗談」だとも「すまぬ」とも思っていないようだった。
この唯一無二の友はきっと気づいているのだ。
「恋しい」も「憎い」も私の中に存在している事を。奴も似たようなものだから。
人が憎く、恋しい。
目に見えない物に縋って、そして断ち切られた。
後悔し、絶望した。
そしてまたどこかで、諦めに似た希望も抱いていた。

私はまだ貴様と繋がっている。
憎しみという鎖は何よりも強く私と家康を繋いでいる。
それは秀吉様の死という目に見えた事実に基づいているのだ。
希望も絶望も何もかも目に見えないものだが、それは確実にここに存在している。

「家康はこの手で屠る、邪魔をするな刑部」

「あい、分かった分かった」

興味の無い返事にももう慣れた。
相変わらず隣に居てくれるのはこの男のみ。
本当に居て欲しかった貴様はもういない。
どうして、とか何故、などとは問いはしない。
聞いても腹立たしいだけだ。
言い訳など女々しい事をするような貴様では無い。
勿論貴様の腹心も、だろう?
貴様は秀吉様を裏切った、そして私を裏切った。
それだけでいい。
私が貴様を殺す理由はそれだけで充分だ。
寧ろ他に何が必要か。何かあるなら教えてくれと言いたいほどに私の腹は愛と憎しみで満たされている。
だからこそ私は愛の言葉なんて求めていない。
泰平だの何だのと、目に見えぬ未来の何がそんなに貴様を駆り立てるのか。
秀吉様の築いた世界、これで充分だったでは無いか。何が不満だ。
そればかりが頭を巡って輪廻する。
愛していたからこそ憎い。




憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いでも…愛してる。




家康の名をほろりと零すと、耳の奥から呼び返す声がした。


「三成」と。


目に見えぬ物は嫌いだ。
「絆」なんて反吐が出る。

しかし貴様がそれを望むのなら。
それならせめて笑って逝け。
いつまでも変わらぬその太陽のような笑顔が消えるのはどうにも惜しい。
私には無い、この身を焦がすようなその眩い光り。
それだけは私の所に残し置けば良い。




嗚呼、そうだ介錯をするのは私で充分だろう?


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素敵な企画に参加させて頂きまして、有難う御座いました!
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