忘れたくない夏だった

立秋を過ぎ、それまでの異常とも言われる暑さも少しずつ和らいだ気がする。一日中蝉たちが大声で鳴いていたのが、夕方にはちらほらと鈴虫の涼しげな声が聞こえるようになってきた。
部活もあと数日でお盆休みに入る。部活と言っても、3年生の私たちにとっての大きな大会はもう終わっており、あとは部内恒例の追い出し試合を夏休みの最後に残すのみだ。他の部の3年生はすでに受験に向けて部活を引退している。一応受験生である私たちも練習への参加は午前のみ許されている。
部活の時間を制限されたからといって、午後から寮に戻って、必ずしもみんなが受験勉強に励むとは限らないのになぁ。


「名前ー!お盆明けの来週の土曜日空いてるー?」

今日も午前の練習参加を終え、着替えていると、友人が尋ねてきた。頭の中で予定を思い出すが、お盆に実家に帰る以外は大した予定も入っていないので考えるまでもなかった。デートする彼氏がいるわけでもないし…

『空いてるよ〜?何?デートのお誘い?』

私はいつもの調子で茶化すように返す。

「そうなのー!私たち女子4人で夏祭りデートしよ!」

ちゃんとのってくれる辺り、さすが私の友達だと思う。

『それ、デートって言わないからっ!』

いつも通りツッコむと笑いが起こる。みんな仲の良いメンバーで部活が過ごせて良かったと思う。

「デートは冗談だけど、4人で行ける最後の夏祭りだから、気合い入れて浴衣で行こう!!」
『「「それいいね!」」』
「各自、実家からの帰寮の際は、浴衣を持参のこと!!」
『了解〜!!浴衣着るの久しぶりー!』

冬には受験が控えているが、地元に残る子もいれば私のように県外の大学を目指す子もいるので、卒業後の進路はバラバラだ。今みたいにすぐに会うのは困難になる。
夏休みに受験勉強も必要だけど、みんなとの思い出作りも大切だ。楽しみな事ができて、お盆が来る前から早くお盆が終わらないかな、なんてワクワクする。


***


「あ?夏祭り?」
「そう!近くであるんだって!!」
「クラスの女子から聞いたんだ。せっかくだから行かないか?」

部活が終わり、愛車の手入れをしていると拓斗と塔一郎が話題を振ってきた。


「……行くのはいいが、いつなんだよ?」
「「今日だ(だよ)!!」」
「は?……今日!?言うのが遅すぎんだろっ!オレにも都合があんだよっ!前日に親にプリント渡し忘れて、朝になって雑巾がいるとか言う小学生かよっ!」
「ユキちゃん、雑巾は市販のでも大丈夫だよ!」

拓斗がキリっと謎の返しをしてくる。全然返せてねーよ!!どういう返ししてんだよ!このど天然がっ!

「そこじゃないだろ!……もしかして今日は練習終わるのが早かったのはそのためか?!」
「あぁ。部長としての権限を最大限に使わせてもらったよ」
「塔一郎、お前そんなことするやつじゃないだろ!」
「インハイも終わった直後だ。……少しくらい息抜きも必要だろう?」

塔一郎にそんな風に言われちまったら、何も言えなくなる。
まだインハイが終わってから日が浅い。今年も皆が全力を出して走りきった。
……今日の練習も終えたし、今日くらいは自主練を休んでもいいか……

「それもそうだな」
「だろう?それに雪成ユキの用事なんて自主練くらいだろう?」
「そうだよっ!悪かったな!浮いた話もなくて!」
「ユキちゃん、顔だけはいいのにね」
「オイ拓斗、オレになんか恨みでもあんのか?」

拓斗の腹に軽く拳をお見舞いしてやる。

「早く片付けて、祭りに向かおう」

塔一郎の一声で、片付けに取りかかった。





前を行く塔一郎と拓斗の後について夏祭りの会場までの道のりを歩いていると、祭りの賑わいが風にのって聞こえてきた。
近付くにつれて、祭囃子の音が大きくなり、祭りへ向かう人の数も増えてくる。
祭り独特のこの空気、懐かしいな。小学生の頃は塔一郎とも近所の祭りによく行ったもんだ。
そのまま屋台の集まるところへ行くのかと思いきや、神社手前のほとんど人がいない公園の前で前の二人が立ち止まった。公園と言っても狭い敷地に申し訳程度の滑り台とベンチがあるだけの地味な公園だ。しかも木々に囲まれていて目立たないので、暗いと気付かずに通り過ぎてしまいそうな小ささだった。きっと地元の地形に明るいやつしか知らないだろう。
突然止まってどうしたのか、聞こうと思った矢先に拓斗が口を開いた。

「あー、オレー、忘れ物したんだったー!塔ちゃん、取りに行くのに付いてきてくれるかなー?」
「あぁ、もちろん!」
「たくっ、しょーがねぇな。じゃぁ、オレも一緒に戻……
雪成ユキは僕たちが戻ってきてもわかりやすいように、ここで待っていてくれ!!」
「でも…」
「いいね?」
「……わーったよ」

なんだ、今の拓斗の棒読み?それになんで塔一郎はオレの言葉を遮ってまで、オレをここで待たせたいんだ?しかも無駄にアンディとフランクをちらつかせて威圧してきやがって……
仕方がない。とりあえずはここで大人しく待つか。
公園の中に入り、入り口から見つけやすいベンチで待つことにした。


***


いよいよ夏祭り当日。自室で自分の着付けも終わって、寮の休憩スペースでみんなを待っている。みんな遅いな…いつもなら遅くとも5分前には来るのに…浴衣だから手間取っているのかな?
ピコンと握りしめていた携帯が鳴る。メールを開くと、待ち合わせをしていたうちの一人からだった。

《みんなで先に行ってるよ!18:30までにココまで来てね!》

短い文章と共に地図の添付があった。
え?どういうこと?みんなもう先に行っちゃったの??
メールを送ってきた友人も含め、3人に手っ取り早く電話をかけるが、誰一人出てくれない。
念のため、友人たちの部屋の扉をノックするも返事は返って来ない。他の部屋の子に聞いたら、30分前には出ていくのを目撃したと言う。どういうことかわからないが、本当に先に行ったみたいだ。とりあえず、メールで連絡も来てることだし、目的地へ向かうとしよう。



目的地へ行くと待ち合わせ場所と地図に記された所には先客がいた。
黒田……くん?少し離れたところから人物を目を凝らして特定していると、向こうも私に気付いた。視線が合わさり、ドクンと心臓が跳ねる。

「苗字?」

黒田くんが私の方へ近付いてきて、私の前で立ち止まる。今、名前呼ばれた?わっ、わっ、どうしよう。去年同じクラスだったけど、ほとんど話したことない私のことを覚えていてくれたんだ。嬉しいな…

「なんでここに?」
『く、黒田くんこそなんで?』
「オレはここで拓斗たちを待ってて……」
『私もここで友達と待ち合わせで……』

ピコンとまた携帯が連絡を通知する。確認しようと断りを入れようとしたら、黒田くんの携帯もバイブで震える。

『あ、ちょっとごめんね…』
「オレもメール…」

お互いが自分の携帯を確認する。

「『はぁぁ!?』」

内容を確認し、二人ともほぼ同時に叫んでしまった。私のメールには友人たちから、こう送られてきた。

《黒田くんと無事に合流できた?私達はそこには行きません!黒田くんもこの後一人だから、今日は二人でお祭り楽しんで来てね!ちょっと早いけど、私達からの誕生日プレゼント!健闘を祈る!》

そんなこと言われてもどうしようと思い、黒田くんの方を見ると、ちょうど彼も携帯の画面から私の方へ視線を移したところだった。バッチリと目が合う。頬を人差し指でかきながら、彼が私に夢のような提案をする。

「あー……拓斗達が用事で戻って来られねーらしいんだけど、せっかくだし一緒に祭り回るか?……苗字が良ければだけど」
『偶然だね……私も、約束していた友人たちが急に来られなくなって一人なの……』

知ってると小声で聞こえた気がした。

『えっと私で良ければ……一緒にお祭り回ってください』
「おう……よしっ!そうと決まれば早速行こう。部活終わって腹減ってんだ」

黒田くんが、青年らしい笑顔を私に向ける。携帯をしまって、屋台で賑わう方へと歩き出す黒田くんの後を追う。
本当に夢じゃないだろうか。密かに片想いをしていた相手の黒田くんと、こうして一緒に過ごせることになるなんて。フワフワとした気持ちで黒田くんの後について行く。

夜店が並ぶ所までくると人が一気に増え、人を避けながら黒田くんとはぐれないように気をつけていた。必死に後を追うが、途中髪飾りが緩んでまとめていた髪が解けそうになる。慌てて髪飾りを押さえるのに気を取られていたら、人にぶつかりそうになってしまった。その時、黒田くんが私の肩を抱き寄せてぶつからないようにしてくれた。

「…大丈夫か?」

黒田くんが近くて大丈夫じゃない!と脳内でつっこんだが、ぶつかりそうになったことについての大丈夫だと思い直して返事をする。

『だ、大丈夫だよ。ありがとう』
「良かった……いくぞ」

肩を抱き寄せられたそのままの体制で歩き出す黒田くん。

『え、あっ、』
「人が少ないところまでは、ちょっと我慢な」

人の波から少し離れたところで、立ち止まって腕の中から解放してくれた。
黒田くんに触られていた辺りにまだ感覚が残っていて、心臓もうるさく脈打っている。

「髪、直すだろ?」
『うん…ありがとう』

なるべく待たせないように、ささっと手早くまとめる。

『ありがとう!もう大丈夫だよ!』
「ん。……あのさ、会ってすぐに言おうと思ったんだけど……浴衣似合ってんな」
『っ!……ありがとう。黒田くんに褒めてもらえて嬉しいよ』

それだけ言うと、また屋台あるの方を向いて歩き出す黒田くん。浴衣で良かった。後ろについて歩き始めると私の方へ手を差し伸べられる。

「はぐれるといけねぇから……」

少し頬を赤らめているのが見えた。…そんな反応されたら勘違いしちゃうよ?
おずおずと手を重ねると、しっかりと握られる。繋がれた私より大きな手から、やっぱり男の子なんだなと当たり前な事を考える。
手を繋いだまま、たこ焼きや綿あめ、クレープなどいろんな屋台を、時には食べ歩きながら回った。
手を繋ぐのは初めはドキドキしたけど、繋いだままだとそれが自然だとさえ思えてきてしまう。

屋台での戦利品たちを持って落ち着いて食べれる場所を探そうと言われた。だったらいい場所があると、今度は私が黒田くんの手を引いて歩く。

『確かこの辺りからだったと…』
「おい。どこ行くつもりだ?」

不安がられるのも無理はない。なんせ私たちは神社の裏手側の森にどんどん入って行っているのだから。しばらく歩くと予定通りに拓けたところにたどり着いた。

『去年、部活の友人たちと見つけた場所。もうすぐ花火が上がるんだけど、ここからだと誰にも邪魔されずに花火が見れるの』
「へぇ。よく知ってんな……」

自分で連れてきておいて、誰にも邪魔されないところ=二人きりだということに気付いてしまった。なんて大胆なことをしてしまったのだろう……人混みで黒田くんと手を繋いで気が大きくなってしまっていたのだと思う。

タイミングよく、空をパッと朱色に染める花火が打ち上がった。それを皮切りに色とりどりの花火が空で咲く。
その花火に後押しされて、黒田くんに気持ちを伝えようと決心する。もうこんなチャンス絶対にない。

『こうやって二人で出かけられるのは最初で最後だと思うから、私の話聞いてくれる?』
「なんだよ。改まって…」

近くで上がる花火の音で声が聞こえにくいため、自然と二人の距離が近くなる。

『今日偶然とはいえ、こうやって黒田くんと夏祭りで過ごせて、忘れられない夏の思い出になると思う……本当にありがとう……』

好きだという気持ちまでを伝えたかったけどダメだ。お礼を言うだけで、胸がいっぱいで泣きそうになり、慌てて先程買ってもらったお面で顔を隠す。

「って、オイ!ちょっと待てって。なんで泣きそうになってんだよっ!てか泣いてんじゃねーか!」
『ごめ…泣くつもりは…なかったんだけど…』

黒田くんがそっと私を抱きしめて、落ち着かせるように背中をポンポンと優しく撫でてくれる。そんなことされたら余計に泣けちゃうよ…

「とりあえず、落ち着け」
『ぅん…』

黒田くんがゆっくりと話し出す。

「…苗字は偶然って言ったけど、今日こうやって二人で祭りに来られたのは、お節介な友人たちのおかげだからな」
『えっ…もしかして黒田くんも友達に…』
「……インハイも終わったんだから、好きなヤツと夏祭りを楽しんで来いってさ」

黒田くんが私の顔からお面を外す。そして視線を合わせて真剣な顔で私に告げる。

「オレは苗字のことがずっと好きなんだ」
『…黒田くんが私を?』
「そうだ、好きだ……苗字のこと好きって気付いた時には、部活のことで手一杯だったから言えなかった。去年はあと少しで出られると思っていたインハイに、まさかの一年に負けて出られなかったし……しかもそのインハイも箱学が2位。そんでその後、副主将任されたオレが部活以外にうつつを抜かしてられねーだろ?」

インハイのことは当然私も知っている。去年は出れない事でもさぞかし悔しい思いもしたのだろう。

「……だけど今年もインハイが終わったから、部活以外にも目を向けて素直になれって言われちまった」
『黒田くん……』
「本当は今日苗字と夏祭りに一緒にこれただけで充分だと思った。好きって伝えなくてもいいかと思ってた……だけどダメだな。苗字と一緒にいたら好きって伝えたくなってきた。こうやってずっと抱きしめていたいって思ってる」

さっきは言えなかったけど、今度こそちゃんと泣かずに私も好きって伝えよう。

『私も!私も黒田くんのことがずっと好きなの……だから、私と付き合ってください!!』
「っ!?オレのセリフ取んなよ…」
『あ、ごめんね。さっき言えなかったから…それに本当にずっと黒田くんのことが好きだったから!』
「好き"だった"?」
『そうじゃなくて、今も前もずっと好き!本当に好きなの!!黒田くんのことが好き過ぎて…っ!?』

溢れる好きという想いを熱弁し始めたとした時だった。黒田くんの指が私の唇に触れて、私の口から好きが出るのを遮る。

「もうわかったから……」

暗い中でも花火に照らされて、黒田くんが顔を真っ赤にさせて照れているのがわかる。
んんっと咳払いをして、黒田くんが真剣な表情を見せる。

「苗字、好きだ……嫌なら避けてくれ」

何をと疑問に思っていると、頬に手を添えられて目を閉じた黒田くんの整った顔が近付いてくる。すぐに何か理解できた。……好きな人とのキスが嫌なわけないじゃない。

唇と唇が触れあう前に、私もそっと目を閉じた。

目を瞑っているから見えないが、ヒュルルと花火が打ち上がる音が聞こえる。空にはさっき見たような花火が煌めいていることだろう。

ーーー二人にとって、忘れられない夏になった。

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