静岡の洋南大学へ進学してしまった彼氏のユキくんと、地元から近い大学へ進学した私。
4月から、厳密に言うと引越しの準備やらで3月の終わりから、ユキくんには会えなくなってしまった。
箱根学園を卒業してまだ数ヶ月しか経っていないが、高校時代の、登校さえすれば気軽に会えていた時期が懐かしい……
今日は七夕。商店街に、自由に願い事を飾れる大きな笹があったので、迷わず「ユキくんに会いたい」と書いた。天気はあいにくの雨。だけど、天気には関係ない雲の上の天の川では、きっと織姫と彦星が会っていることだろう。
私は雨の七夕の方が好きだったりする。だって、雨雲のおかげで、織姫と彦星は地上から隠れてみんなに見られずに、ひっそり会えるんだから。
現実の織姫と彦星……もとい私とユキくんは雨の下でも七夕には会えるわけがない。だって、ユキくんも私も大学のテスト期間中。といっても、私は取ってる講義の選択の関係で、5日にはテストは終わっているのだけれど……
それにユキくんはテストが終わっても、部活の練習があって、箱根方面への帰省の予定はまだまだ先だ。
世間が七夕で盛り上がる今夜、会えない代わりにはならないけど、電話でユキくんの声だけでも聞けたらと思う。
ユキくんに電話をかける。いつもなら繋がる時間帯のはずだけど、繋がらないとは忙しいのかもしれない。仕方ない、しばらくしてからかけ直そう。
30分もすると、ユキくんから折り返しの電話がかかってきた。
《もしもし、名前?ワリィ。電話すぐに出られなくて。ちょっと外に出てるから》
普段はメールでのやりとりがメイン。テスト期間はなかなか電話はできなかったから、久しぶりにユキくんの声が聞けて嬉しい。ユキくんが歩いているのか、足音が聞こえる。
『ううん。大丈夫。かけ直してくれてありがとう!なんか忙しい時にごめんね』
《嫌、大丈夫。それより用事あったんだろ?》
『あ、本当に大した用事じゃなくて…』
《んだよ?言ってみろよ?》
『今日、七夕でしょ?……だから織姫と彦星は会えて羨ましいなぁと思って……』
いざ言葉にしてみると、本当にくだらない事で電話してしまったと思い、後悔する。ユキくんも呆れているのか、電話越しに沈黙が訪れる。
『なんちゃって!七夕ジョーク!!忙しい時に本当ごめんね!ユキくんの声が聞けて満足したから、もう切って大丈夫だよ?!』
遠距離恋愛を選んだのは私でもあるから、たかだか3ヶ月会えないくらいで、寂しいから会いたいなんて弱音は吐けない。
《……で、織姫と彦星に自分たちを重ねて、自分たちが会えないのが寂しくなった、と?》
『うっ…』
本音は隠したつもりだったけど、ユキくんにはすぐにバレたようだ……
《ふっ。なんとなく名前からの着信見てから、そうじゃねーかって思ってた》
『そうだよ!私はユキくんに会えなくて寂しくなってるんだよ!!ユキくん不足だよっ!』
《逆ギレかよっ!》
会えない中、せっかく電話してるんだから、ケンカなんかしたくはない。一旦冷静になる。
『ごめん……私は今すぐにでも、ユキくんに会いたいよ……』
《…っそうかよ》
『……ユキくんのいるところから、天の川見える?』
《雨降ってるし、見えねーな》
そういえばユキくんの声の後ろで雨の音がする。静岡も今日は雨なんだな。
『はぁ…本当、会いたい……』
《……3ヶ月前にはほぼ毎日会えていたんだから、オレたち、織姫と彦星よりは会えてんだろ?》
やっぱり、遠距離恋愛において、すぐに会いたいなんて贅沢だよね。
『でも、ユキくんに会いたい……天の川でも三途の川でも何でも渡って会いにきてよ…』
《天の川なんか渡れねーよ!星の川に橋かけて……って、夢見過ぎだろ!?それに三途の川は渡ったら死んじまうヤツだろ?!オレを殺す気かっ!バカっ!》
あぁ、ユキくんのツッコミすら懐かしく感じる。
『バカじゃないし……』
《……まぁ、同じバカでもここにも一人、七夕にかこつけて、恋人に会いに来るまでしたバカがいるんだけどな》
『え?今なんて?』
♪ピンポーン
インターホンが鳴る音が、私の部屋の中とユキくんの電話越しとで重なって聞こえてくる。
《……早く出ろよ》
『え、だって……』
まさかと思いつつ、玄関のドアの覗き穴から外を覗く。
ユキくん!?……本物?
「まだ開けてくれねぇの?」
急いで鍵を開けてドアを開く。ドアを開け終えてからも、まだ電話に向かって話してしまう。
『ユキくん、なんでいるの?!』
「数ヶ月ぶりに会えた恋人に対しての一言目がそれかよっ!…通話切ってんぞ」
ユキくんに言われて、耳にスマホを当てたままだったことに気付き、スマホを耳から離す。
『だから、なんで…』
「……オレが名前に会いたいから、会いに来ちゃワリぃかよ?」
『悪くない……全然悪くないよ!』
ユキくんが入れるように、ドアから数歩後ろに下がる。
ドアを閉めて、玄関の中に入ったユキくんに思いっきり抱きつく。勢いが良すぎて、ユキくんが後ろに仰け反りそうになる。ユキくんも私の背中にそっと腕を回し、抱きしめ返してくれる。
『ユキくん、本物だよね?三途の川渡ってない?』
「だから、オレを殺すなって!……まぁ、天の川なら渡って来たかもな……」
『……』
「オイ、なんか言えよ…」
『キザっ』
「お前なっ!もとはといえば、お前が天の川渡って来いとか恥ずかしいこと言ったんだろ!」
思い返すと、数分前に寂しさに負けて、メルヘンな事を口走ったかも。
『……言ったかもね』
「せっかくわざわざ会いに来たんだから、もう少し、しおらしくしとけよ!」
『ヤダ!せっかく会えたんだから、ユキくんは大人しく私に抱きつかれておいてよ!……会いたかった…』
会いたかった気持ちを精一杯込めて、抱きつく腕に力を込めつつ、会いたかったと呟く。
「…オレも…名前に会いたかった」
『ユキくん、会いにきてくれてありがとう』
雨でも七夕の短冊は願いを叶えてくれた。生まれて初めて、七夕の願い事が叶った。
「今日、実家に帰るって言ってねーから、ここに泊めてくれるよな?」
『え?うちに泊まるの?!』
驚いて、後ろに体を反らしながらユキくんを見上げる。会いたいとは思っていたけど、泊まるまでは想定してなかった。
「んだよ……会いにきた彼氏を泊めねーつもりかよ?」
『そういうわけではなくて、うちに泊まるとは思わなかったから、驚いただけ……』
「あぁ。もしかしてオレに会うだけで、恋人らしいことすることは考えてなかったのか?」
『こ、恋人らしいこと?』
頬に手を添えられ、楽しそうに微笑むユキくんの顔が近付き、唇と唇が重なる。
チュッ
突然のキスに目を瞑る時間もなく、再び唇が離れていく。
「……キスとか。それ以上も。名前にはオレが不足してんだろ?今から会えなかった分をたっぷり補充してやるよ」
軽率にユキくん不足だと言った自分に反省しつつも、再び落ちてくるキスに、私は目を閉じたのだった。