小指の先まで美しいひと

声援の中、ダンダンッと重いバスケットボールがリズミカルに弾む音と、キュッキュッと複数のシューズのゴムが体育館の床と擦れる音が、聞こえてくる。
ゴールよりだいぶ手前、敵の一瞬の隙をついて彼の手からシュッと放たれたシュートにより、ゴールネットが揺らされる。

黄色声援が響くの中、選手たちは軽くハイタッチをして試合を続けるため、もとのポジションに戻っていく。
彼が一瞬こちらを見た気がするが、私ではなく、私の横にある時計を見て、試合の残り時間を確認したのだろう。

球技大会でのバスケットボールの決勝戦。
暑い体育館の中での試合で、汗をかき、彼が服の裾をめくりあげて顔の汗を拭う。その際にチラリと覗かせる、鍛え上げられた腹筋。さらに腰の辺りで履かれたズボンの上部には、俗にエロ筋と呼ばれる、V字のラインまで見える。たかが高校の球技大会でここまで、ハイレベルな戦いと最高にエロい体が見られるとは思わなかった。もっとも、エロい体というのは、あくまで私の個人的着眼点での感想で、他のみんなは純粋に自分たちのクラスの仲間を応援している。ーーあとは引き締まった臀部からすらりと伸びる、彼の自慢の猫足がもう少しくっきりと見えれば完璧なのに……いかん、いかん。私もしっかり応援せねば。


彼はバスケ部ではない。なのにバスケ部のレギュラー陣に匹敵するほどバスケが上手い。

彼こと、黒田雪成くんが所属するのは箱根学園自転車競技部だ。運動部の一つであるこの部活に属する人はみんなスポーツ万能なのだろうか?ーーーいや、違う。彼が特別、スポーツができる人なんだ。

黒田くんと同じ部活の葦木場くんは、今日の球技大会で、バレーボールに参加していた。彼の高長身から繰り出されるサーブの速さは抜群だがノーコンで、ボールの動きを捉えきれなかった敵チームの選手が顔面でボールを受けていた。アタックも決めたが、またも同じ選手の顔面に当てた。さらに回ってきた二度目のサーブの時も、狙ったかのように同じ人の顔面にヒットしてしまい、試合後、謝り倒していた。……狙ってないのに、アレってある意味で凄い。

泉田くんは、筋肉ムキムキで何の球技に出るのかと思えば、卓球だった。アブアブいいながら上手いことラリーを返していた。途中、アンディ、フランクとも聞こえてきた。フォームは完璧だが、同じような軌道の、相手の打ちやすいところにばかりに打ち返してしまい、スマッシュ等が決まらず、負けてしまった。
……アレはきっと途中から、変な筋トレスイッチが入っていたんだな。


試合終了まで、ラスト30秒。怒涛のオフェンスにより、黒田くんがさらに一本シュートを決めたところで試合が終わった。黒田くん率いる我がクラスが、バスケ部員の多い隣のクラスを負かして、見事優勝を果たした。





球技大会の翌日、今日は昨日の熱戦とは打って変わって通常の授業。受験生に受験勉強は待ってはくれない。
今は自習という名の、大量に出されたプリントを解く時間。授業が始まってすぐに、先生はプリントだけを残して、職員室へと戻っていった。
横の席でシャーペンを持ち、数学の問題を解く黒田くん。顎に手を当てて悩む姿ですら、色気を感じる。
開かれた窓から、突如強い風が入ってきた。窓に近い人たちのプリントが吹き飛ばされて盛大に宙を舞い、ヒラヒラと床に落ちていく。

私は密かに見つめていた黒田くんと、目が合ってしまった。

「ワリィ。プリント、苗字の足下に落ちちまったから、拾ってくれねぇか?」
『あ、待ってね。……はいどうぞ』

黒田くんしか見ていなかったが、きっと今の風で、彼のプリントも飛んでしまったのだろう。話しかけられて、ドキリとしたけど、黒田くんを見つめていたことには気付かれてなかったようだ。安堵しプリントを拾い上げ、黒田くんに渡す。
渡す瞬間に指が触れた。一瞬だが触れた黒田くんの指を見る。
ーーーこんなに小指の先まで、絵に描いたかのように美しい人なんているんだ。
これは私が黒田くんのことが好きだから、特別にそう見えるのかな?

「ありがと……なぁ、いつまでも見てるだけじゃ、つまんねーだろ?」
『へ?何が?』

黒田くんに突然言われて、何のことわからなかった。遠くまでプリントを飛ばされた人たちが、周りの人から拾ってもらったプリントを受け取って、次々と自分の席に戻って行く。

「オレのこと、よく見てんだろ?見てるだけじゃなくて、隣の席にいるんだからもっと話しかけて、ついでに触ってみれば?」
『え?触っていいの?それならぜひっ!…あっ…』

黒田くんに誘導されるまま、欲望を口に出していることに気付いて、慌てて手で口を塞ぐ。

「ふっ。苗字って、大人しいと思っていたけど、意外と自分の欲には素直なんだな」

ちょっと…この距離でその笑みはヤバイよ!破壊力抜群!!私の心臓が高鳴る。落ち着け私!
冷静を装って会話を続ける。

『…私が見てたこと、気付いていたの?』
「まぁな。前に他のヤツがオレの足触ってた時も苗字、見てたろ?」
『…うん。男同士は気軽に触れて羨ましいなって思ってた』

あの噂の猫足に触れるなんて羨ましい。私が彼と同性ならきっと触り倒す。…あ、同性なら好きになってないか…

「……じゃぁ、女子の中で苗字だけ、特別に触っていいから……オレと付き合えよ?」
『えっ!?』

突然のなんとも魅力的な話に驚いてつい、声を上げてしまった。続きを話そうとすると、ここでタイミング良く、ガラリと教室のドアが開いて先生が戻ってきた。気になるところで、会話が途切れてしまった。

「はいー。プリント、終わったヤツから提出して!次はこっちのプリントなー」

追加の課題を出され、クラス中から大ブーイングが上がる。
提出する数人に習って、黒田くんも席を立ち、教卓の上にプリントを提出し、追加のプリントを取ってくる。

先生もそのまま教室にいるらしく、みんなまた大人しく課題に取り組み始める。

ふと、隣の黒田くんから、そっとプリントを渡された。まだ前のプリントも解ききれていないが、どうやら私の分も取ってきてくれたらしい。

そこには印刷とは別に手書きで文字が書かれていた。

《付き合う話、苗字にとっても、悪い話じゃないだろ?オレもお前のことが……》

文字を読み終えて、勢いよく黒田くんの方を見る。彼もこちらを見ていて、目が合うとニヤリと笑う。
そして、音を出すことなく、ゆっくりと彼の唇が動く。

《ス》

《キ》

声に出なくとも容易に読み取れた二文字に、顔に熱が集まるのがわかる。
どこか照れ臭そうに鼻の下を指でこすり、黒田くんはまた課題に取り組む。
一方で私は心乱され、課題どころではなくなってしまった。


授業後、すぐに返事をした。もちろん、"はい"以外の答えはない。


***


気になってた苗字から、アレだけ熱視線を送られてたら、好きだって気付くっつーの…

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -