引っ叩いてキス

いつからなのだろうか。雪成が私以外の女に手を出すようになったのは。





幼馴染みでずっと側にいた雪成と私。
小学生の頃は一緒に遊ぶ仲の良い友達として側にいた。中学生の時は周りが付き合うだの、男と女の意識をし始めたので、私たちの関係も遊び友達から彼氏彼女になった。そういうことにも興味を示すお年頃なので、キスもしたしそれ以上もした。
高校生になっても彼氏彼女の関係であったが、三年にあがる頃には、二人の間には熟年夫婦のような慣れた空気さえあった。私はそれでもいいと思っていたし、雪成もそう思ってくれているものだと思っていた。
ーー友達からある事を聞くまでは。





「名前ちゃん、ユキちゃんと別れちゃったの?」
中学からの友人である拓斗に、ある日尋ねられた。
『へ?別れてないけど、何で?雪成が何か言っていた?』
「あ、そうじゃないならいいんだ……あー、勘違いしてゴメンね」
そう言ってそそくさと、立ち去ろうとする拓斗を捕まえる。実に怪しい。

『何か隠してるでしょ?』

何もないよ、と拓斗は言うけど、あからさまに目が泳いでいる。

『白状しないと、このまま泣くまでくすぐり倒すよ?』

昔、実際に拓斗を泣くまで、くすぐったことがある私。人をくすぐるのは得意だ。
大げさに指を動かして、くすぐる真似をすると拓斗は観念したのか話してくれた。

「…最近、名前ちゃん、ユキちゃんと一緒に帰ってないし、ユキちゃんが部活の帰りに名前ちゃん以外の女の子といるのを見ちゃったから…その、別れちゃったのかと思って…」
『…それマネージャーの子じゃないの?』
「マネージャーならオレが顔見れば、わかるもん」

確かに拓斗がマネージャーの顔を見間違えるはずばないだろう。…じゃぁ、雪成はいったい誰と帰りに会っているのだろうか。つい先日、私が部活が終わるまで待つと言っても、夜遅くて危ないから先に帰れと、頑なに一緒に帰るのを断られたばかりだ。私と一緒に帰るのがダメで、その子が帰りに雪成と会えるのは何故?ーーーいろいろ考えてみるが、最悪の答えしか出てこない。

「ほら、オレの勘違いかもしれないから、元気だしてね!」
『ありがとう、拓斗』

そう言いながらも無意識に拓斗を抑え込み、くすぐり始めていた。体格差があろうとも、抑えるところを把握していれば、私でも簡単に拘束できる。

「わーー!名前ちゃん!くすぐってる!ストップ!ストップー!!ひゃぁ!」
『あっ、ゴメンね。拓斗』

拓斗の悲鳴を聞いて我に返り、考えるのをやめて、拓斗を解放する。拓斗は解放されてから両腕で脇をしっかりとガードして縮こまっている。

「絶対、わざとでしょ?!」
『これが、怖いことに無意識なんだよね』

恨めしそうに私を見る拓斗。私に雪成のことを教えてくれたお礼に、しばらくしてガードが緩んだら、またくすぐってあげよう。





その日の帰り、放課後に図書室で時間を潰して、部活終わりの雪成を待ち伏せることにした。多分、遭遇してしまったら、何もかも終わってしまうのだろうけど…でも何もないことを信じたい。拓斗が雪成たちを見かけたという、学校から少し離れた公園で、雪成が通りがかるのを待つ。

結果、雪成と女の子が歩いているのを目撃してしまった。考えるよりも先に身体が動いており、雪成たちの前に立ちはだかる。

「は?名前!?こんな時間に、こんなとこで何してんだよ!」
『雪成…どういうこと?最近、私とは帰りたがらないけど、その子とは帰るの?』
「あぁ!もしかして、この人が黒田先輩の彼女さんですか?」
呑気な声で女の子が確認をする。先輩って呼んでるってことは年下なんだ。道理で拓斗が顔見ても知らない子なわけだ。
彼女なのかとの質問に、そうだ、と答える雪成。…まだ彼女扱いはしてくれているんだ…

『あのごめんなさい。どなたか知りませんが、雪成に話があるので、今日はこのまま一人で帰ってもらってもいいですか?』

自分でも驚くほど、突き放すような冷たい声が出たと思う。ここなら駅もそんなに遠くないし、人通りもあるので一人で帰しても大丈夫だろう。
女の子が雪成の方をチラリと見てから、返事をする。
「…わかりました。今日は帰ります。それではまた」
……食い下がると思ったが、呆気なく去っていった。
女の子が去ったのを見届けて、雪成が口を開く。

「ーー何で、こんな時間にいんだよ。一人で危ねーだろうが」
『…彼女放っておいて、他の女の子と会ってる人には言われたくない……あの子とはどういう関係?』
「彼女は別に……何でもない」

本当に何でもないならこんなに歯切れが悪い受け答えはしないだろう。
あ、これやっぱりダメなヤツだ…
わかってしまったら、うじうじと悩むのも、もう嫌になった。あと私にできるのは雪成の前から去るだけ。

『……雪成、今までありがとう。私たち別れよう』
「は?いきなりななんでそうなんだよ!オレは名前と別れるつもりなんてねぇぞ!」

雪成が私との距離を詰めて、肩を掴もうとするので、反射的に手が出てしまった。

『ヤダっ!近付かないでっ!』

私の手が雪成の頬を打ち、パンっと乾いた音が響いた。
「ってぇ…」
『あ…ごめ、ん…叩くつもりはなかったんだけど…』
謝るも、叩いてしまったものは戻らない。

「何を一人で、パニックになってるかわかんねぇけど、とりあえず落ち着け」

雪成に抱きしめられたと思ったら、優しくキスをされた。私の好きな、雪成とのキス。こんな時でも荒れた心が癒されいくのがわかる。
私が落ち着いたのがわかったのか、雪成が唇を離す。

「で、何で別れるなんて言い出したんだ?」

優しく尋ねられて、まとまっていない言葉をポツポツと話し出す。

『雪成が、私と帰るの断って寂しかった。…その直後に、拓斗があの子と雪成が一緒にいるのを見たって教えてくれたの。実際に私の目で確かめても、雪成はあの子といた。私は断られたのに、あの子と会っていた。
……雪成は私よりあの子のことが好きになったんでしょ?ーー私に言えないような関係ないなんでしょ?』

ダメだ、自分で言っていて涙が出てきた…。溢れる涙を制服の袖で拭おうとしたら、雪成が指で涙を拭った。

「黙っていたことで、変に心配させたみたいで、すまねぇ。でも名前が心配してるようなことは何一つねぇよ」
『え、それってどういう…』

頭を掻きながら、悔しそうな顔をする雪成。

「あ"ー!当日まで黙っておくつもりだったのに、ダメじゃねーか!……10月24日。何の日かわかるか?」
『…わかんない。何の日?』
「オレたちが付き合い始めた日だよ」

あれ?雪成とは周りから自然と付き合う雰囲気にさせられたから、そんな明確な付き合った記念日ってなかったはず……現に今までも二人で祝った覚えもない。

「わからねぇって顔だな。まぁ、覚えてないのも無理ないよな……中学の時に、周りの奴らにくっつけられた感もあるから、はっきりした付き合った記念日で祝ってなかったもんな。
でも5年前の10月24日に、オレが初めて、ちゃんとお前に好きって伝えて、お前も好きだって返事したんだよ」
『え……雪成はそんな日のことまで覚えいてくれたの?』
「あぁ。マジで嬉しかったんだから、忘れるわけねぇよ。……今まで何もしてなかったけど、今年はキリのいい5年目だから、柄にもなくサプライズを企画していたわけで…」

ここに来て雪成が続きを言い淀む。

『…それであの子がどう関係してくるの?』

雪成が私のことを嫌いになったんじゃないと、しっかりわかって良かった。だけど、未だにあの女の子との関係がどう関わってくるのか、全くわからない。
「あー、そこまで全部吐けってか?……わーったよ。あの子は部活の後輩の彼女で……名前へのプレゼント用の、ブレスレットの作り方教えてもらってたんだよ…」
『雪成が、ブレスレット?』
「どうせ似合わねーとか思ってんだろ!?
…ほら、ビーズでできたキラキラしたやつ、好きって言ってただろ?後輩からたまたまあの子が作るの得意だって聞いて、頼んで作り方教えてもらってたんだよ……学校でやるとお前に見つかるかも知れねぇから、部活後に頼んでたんだよ」
『だ、だったら拓斗にもそのこと話しておけばいいじゃない!』

私が嬉しいことしか言っていないが、勘違いさせるような行動を取った雪成への怒りが収まったわけではない。

「拓斗に事前に話したら、何かの拍子に名前に言っちまうかもしれないと思ったから、伝えてなかったんだよ!……まさかそれが裏目に出るとは、思わなかったけどな」
『でも…』
まだ何か納得いかない気がして言いかけたが、もう雪成から聞きたいことは粗方聞き出してしまった。
「こんな彼女のためにサプライズ考えてる奴が、浮気なんかすると思うか?まぁ、サプライズにはならなかったけど」
『…思わない。勘違いだったんだね。雪成を信じれなくてごめんね……疑っちゃったこと許してくれる?』
「どうすっかなぁ。頬もまだ痛ぇし……しょうがねぇ。オレが作ったブレスレット、不恰好でも完成したらちゃんと着けるんなら、許してやる」
一瞬、もう許してもらえないかと思ったけど、良かった…。なんだ、私、ちゃんと雪成に想ってもらえていたんだ。
『もちろん着ける!完成するの、楽しみにしてるね!』
「…言っとくけど、売ってるような、すげぇの期待すんなよ?」
『うん!雪成、大好きっ!』
勢いよく雪成に抱きつく。私が付き合えたのが雪成で、本当に良かった。

「…オレも。名前が大好きだ」

雪成も私の背中に腕を回して抱きしめてくれた。

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