sweet time

隣の席の苗字の最初の印象は、荒北さんの言い方を使うと『不思議チャン』だ。
生まれ変われるならクラゲになりたい、とまた不思議なことを言い出したなって思ったらやっぱり生まれ変わるなら鳥かなぁ…って言ったりするし、昨日なんか山で遭難でもしたのかよ!ってくらい葉っぱを髪や制服につけて教室に入って来た。(苗字曰く、ちょっとお散歩に行ってきたらしい。)

席替えしてから1週間経ってわかったことが3つある。
1つ目。苗字は俺のことをからかうのが好きらしい。よく今日もかっこいいねぇ黒田君。なんてわざと本気にさせるような甘い声で呟いて、俺が反応したら本気にした?とニヤニヤする。
2つ目。苗字はからかった後に下をペロ、と出すのが癖らしい。これは結構わかりやすくてすぐにわかった。
3つ目。苗字はモテるらしい。1日に2人からは告白されているとかファンクラブがあるとか色んな噂を聞いているし部活の後輩が苗字先輩が可愛いって話しているのも、耳にタコができちまうくらい聞いた。
ほら、なんだ。そんなやつにごめんね、って可愛らしく舌出しながら謝られると許しちまうというかよ。俺も健全な男子高校生なんだよ。
いや、でも良くないな。こんなこと。今日こそはビシッと言ってやる。
あんまからかうんじゃねぇよ、って。好きでもないやつにかっこいいとか言うなよ、って。
そう決心しながら俺は教室のドアを開けてズカズカと自分の席に座った。

「黒田ぁ、おはよ〜」

「あぁ、おはよ」

「今日も朝練〜?偉いね」

そんな黒田君には〜、と苗字がニヤニヤしながら机の横にかけてあるリュックに手を掛けた。

「はい!スーパーウルトラ…えっと…エクセレントパーフェクト美味しい名前ちゃんの手作りクッキーをプレゼント〜」

「長ぇし途中で止まってんじゃねぇか!小学生が考えたヒーローの必殺技の名前かよ!…ったく、サンキュ。」

可愛いラッピングに、苗字がマーカーで書いた黒猫が吹き出しで " 残さず食べてね! " と言いながら前に葦木場がメールで使っていた顔文字のような表情を見せていた。
朝練で少し小腹空いてるし、まだHRが始まるまで時間あるし、食べるか。

「あっ。そのクッキー、隠し味にね…なんと…!」

「お、何使ったんだ?」

「…」

「…いや何か言えよ!怖いだろ!」

「えへへ。大丈夫だよ〜。1、2枚食べたけどちゃんと美味しかったよ。お母さんも美味しいって言ってたし!」

隠し味に変なモン使ってねぇだろうな、って不安になるが苗字が作るお菓子や料理は美味い。
調理実習で作ったというカップケーキは俺と同じ班のヤツらには悪いがそいつらと比べたら何倍も美味くて先生から褒められてたし、前に分けてもらった自分で作ったという弁当のおかずも最高だったから期待できそうだ。

「じゃ、ありがたく」

「どーぞ!」

サク、と一口。あ、やっぱ美味いな。隠し味の不安とか全部風船みたいに飛んでったわ。なんか紅茶が飲みたくなったわ。やべぇわお前。正直スーパーで売ってるようなやつより美味いと思う。

「どう?ちゃんと美味しいでしょ。」

「ん。美味いわ。朝練後でちょっと小腹空いてたから助かった。」

「でしょ!?」

部活のヤツらにも食べさせてやりてぇな、なんて思いながら食べているとあっという間にクッキーはなくなった。ごちそうさん、と苗字に言うと嬉しそうにニコニコと笑っている。

「お礼、何がいい」

どうせ購買のパンを奢ってほしいとか、ジュース奢ってほしいとかだろうけど。それか授業が終わったら起こしてほしいとかだろ。

「黒田の彼女にしてほしい」

「へいへい…って、はぁ!?」

一瞬驚いて声が大きくなっちまったが、多分これもいつもの様にからかってんだろ。あー、こういう時だな。ビシッと言ったやらねぇと。

「あのなぁ。お前、好きでもない相手にそういうの簡単に言うんじゃねぇよ。」

言ってやった!ついに言ってやったぞ。見てろよ。すぐに嘘だよ、ってヘラリと笑って舌を出すから。

「好きじゃない人にこんなこと言わないし、本気だよ、私」

…ビシッと言われちまった。やべぇ。どうしたらいいんだ。いつもの笑顔とは違う、真剣な目をしてる苗字。ずりぃ。マジで。
それからすぐにチャイムが鳴ってHRが始まった。苗字はいつも通り授業が終わったら起こしてね、と机に伏せてしまった。よく見たら苗字の耳は赤くなっていて、こいつも照れることあんだな、こんな可愛いところがあるって聞いてない、って思っていると今日1日頭の中が苗字のことでいっぱいになって、授業も部活もまったく集中できなかった。
苗字がその日の内に、俺をからかった後の癖のペロ、と舌を出すことはなくて更に意識してしまう。
明日から俺、苗字の顔見れねぇかも。

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